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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 タニアの王宮の広間に並んだ貴族や騎士達。全ての目がひとりの男に注がれていた。
 エドアルドは広間の真ん中を胸を張って進んでいた。まわりのざわめきが背を萎縮させる。だが負ける訳にはいかない。ここの連中が相手ではない。この先にいる、あの扉の向こうの人物なのだ。
『おれにはあの親父の血が流れている。誇りにしていい』
 と自分に言い聞かせる。ここでやらなければ父の思いもオリシスの信頼も裏切ることになる。
 広間の奥の扉が開かれた。
 窓辺にたたずむ長身の影。質素だが高価な服を着た四十前後の、メルキオ王太子。
 空気が一変したような気がした。この存在感。誰にも今まで感じた事がない。これがこの国を継ぐ人間なのかとエドアルドは思った。
「エドアルド・カルマールでございます」
 派手な恰好のカルロス・モドリッチが大げさな礼をした。エドアルドは片膝をついて頭を下げた。
「エルネストに似ているな」
 低くよく通る声が響いた。
「正面からくるとは思わなかったが」
 メルキオの視線を感じたカルロス・モドリッチが肩をすくめてみせた。
「本題に入ろう。何の用でここへ来た」
 何の用で来たはないだろう。とエドアルドはむっとした。ここに来させるような事をしたのは、他でもないメルキオ殿下ではないか。
「オリシス・ワイナーは深手を負いましたが、回復に向かっています。まだ動くことができないためにわたくしが代わりに参りました」
 正面から来たのには訳があった。これでメルキオはエドアルド親子を無視できなくなる。捨て駒で扱いされるのはうんざりだった。これはカルロス・モドリッチから出た案でもあった。タニアでのティスナ襲撃事件も堂々と表に出る事で疑いをつっぱねることもできる。エドアルドはここにいる。捕まえたければ捕まえにくればよい。
「コーツウェルの北宮が賊に襲われました」
「その報告は受けている」
「襲ったのはわたくしです」
「なにっ?」
 メルキオはエドアルドにつめより、剣の鞘でエドアルドの顎を上げた。
「そのほう…、今がどういう時期か知っているのか」
「承知しております。軽率な事をしたと思っております。ですが、これで警護の強化ということでコーツウェルに軍を送り込む事ができます」
 メルキオはエドアルドを睨みつけていたが、剣を引いた。
「父王が猜疑心を募らせていたらどうする」
「これは予測でしかありませんが、賊とは別な何かがコーツウェルで起こっていると思われます」
 ナミールでの呪詛は失敗に終わった。ラースローとオレアルはコーツウェルからの早馬でとるも取りあえずナミールをひきはらい、急いで山を下りた事。もう一歩でマテオ様を死にいたらしめるとわかっていて、たかが賊ごときでティスナがあの二人を呼び戻すとは思えない事。となればティスナかキアヌ王子か、国王陛下の身に何かが起こったと思うのがオリシスの予測であった。
「恐れながら、メルキオ殿下に不信感を持っていれば、これを機に陛下はメルキオ殿下を捕らえるでしょう。しかし襲撃から今までコーツウェルの動きは鈍い。そうできない何かが起こったとみるべきでしょう」
 しばらく考え込んでいたメルキオは、ふと顔を上げた。
「サリエルをナミルから戻せ。コーツウェルに向かわせる」
『まずいな…』
 サリエルの動きには疑問がある。とオリシスが言っていた。
 なぜサリエルはナミールに来るのが遅れたのか。人知れず送ったはずの使者がタニアに着かなかったのは? 考えすぎかもしれないが符に落ちない点が多い。オリシスを探していたようだとエドアルドが言うと、「生死を確かめているだけかもしれない。エドより先に探し出されていたら…」と静かにオリシスは言っていた。
「わたくしも、どうか勅命を」
 オリシスの読みではカルロス・モドリッチがコーツウェルに行くはずだった。カルロス・モドリッチは近衛で王族直属の兵だ。
 サリエルは国一の武将ではあるが、私兵にしかすぎない。
「そのほうが行ってどうする、エドアルド」
「ことの成り行きをこの目でしかと見届けたいと思います。それにはオレアル、ラースローの動向を追うのが最も道理に叶うかと存じます」
「また勝手に事を起こすつもりか」
 メルキオの表情は冷たい。
「もしオリシスがいたらどのようになさいます。オリシスが動けるようになるまでのつなぎでもいい。わたくしをオリシスと同様お使い下さいますよう、どうかご命令を」
 図々しい若造と思われたかもしれない。オリシスほどの才覚があるとは自分でも思っていない。だがここでオリシスの看病を続けていてもしかたがない。カルロス・モドリッチにはオリシスの居場所を知らせてある。猟師達への礼もついでに任せた。それに自分の面は割れていないはずだ。
「よかろう。サリエルの軍に所属せよ」
 メルキオはそう言って姿を消した。

「エドアルド。大丈夫なのか」
 カルロス・モドリッチがひざまづいたままのエドアルドのそばに来ていた。
 顔を上げてエドアルドはカルロス・モドリッチを見上げた。所属は違うが、何度か以前の戦いで顔を会わせた事のある人物だ。派手好きで態度も鼻につくことがあるが、憎めないやつだと以前の自分は知っている。
「オリシスなら持ち直している。いまなら動かしても問題ない」
「そうじゃない。貴公の事だよ。コーツウェルに行って何をする」
 エドアルドは立ち上がってマントの裾を正した。エドアルドのマントはここではあまりにも粗末で見劣りのする代物だったが、宮廷で着飾る趣味はカルマール家にはない。己の恰好をエドアルドは恥じてはいなかった。
「妹がいる。もうコーツウェルを出ているとは思うが、気になる。それに…」
 エドアルドは身をひるがえして歩きだした。
「オレアルだけは見逃せない。あいつの所行を必ず突き止めてやる」
「オレアルなら、最近タニアで見かけたっていう話しだが」
「新たな工作か」
「いや、メルキオ殿下寄りの臣たちに近づいているようだ。懐柔しているようだが相手にはされていないと聞く」
 ふむとエドアルドは考え込んだ。
「それならなお好都合だ。悪いがあいつの動向を見張ってくれ。誰かを使って話しに乗る振りをする。相手にされていないならオレアルはかなり焦っているはずだ。そこをうまく利用して情報を引き出させる」
 カルロス・モドリッチもピンときたようだ。オレアルはティスナからメルキオへ乗り換えようとしている。
「あの男にはあんまり近づきたくないんだが」
 そういうカルロス・モドリッチの顔にはいたずらっぽい笑みがある。
「オレアルが寝返るほどの何かがコーツウェルで起こっている。それを確かめに行く」
 エドアルドの横顔をカルロス・モドリッチは見た。
「貴公は恐ろしいやつだな」
 カルロス・モドリッチが言った。
「オリシスは最後の最後で情に流される悪い癖がある。だが、貴公は初めは呆れるほど迷うが、決心が付けば怖いものがない。最後まで貫く意志があるように思う。いいか悪いかは別にしてだ。今まで誤解していたようだ」
 カルロス・モドリッチが右手を差しだした。その手を取り、一瞬強く握る。
「サリエルの兵士にいじめられないように。健闘を祈る」
 カルロス・モドリッチは笑ってエドアルドを見送った。
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