夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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 ラースローの馬の蹄が聞こえた。石段に腰を下ろしていたアリアは立ち上がり、馬の世話をして馬屋に入れた。ラースローはそんなアリアを黙って見つめていた。
「なにをぼーっと立っているんだ。中に入って着替えたらどうだ」
 アリアはぞんざいにラースローに言う。しかしラースローは動かない。月明かりでは良く見えないが、ラースローの顔色は青白く、腕には血が滲んでいた。
「痛いなら痛いと言えばいいだろう」
 アリアはラースローを連れて椅子に座らせ、シャツを脱がせた。巻き付けてある布は解け、傷口が開いていた。
「まったく、知識はあるくせに自分の体の事も解らないのか。片腕を無くしたいならそうするぞ。この傷に効く薬はどれだ」
 ラースローは瓶の色と特徴を述べ、アリアが布と薬を持ってくる。傷口を洗い、薬を塗ると、ラースローは眉をしかめて腕に力を入れた。
「お主がつくった薬だろう。なら今度はしみない薬をつくるんだな。それが出来ないなら怪我をしないことだ」
 口調は乱暴だが、手は優しく布を巻き付ける。
「宮廷でお主の具合を心配してくれる女人はいないのか」
 ラースローは答えない。
「誰かひとりぐらいはこの出血に気が付いてもよかろうに」
 答えを求めるわけでもなく、アリアはひとりで喋りながら服を着せた。
 この時間まで寝ずに帰りを待っていてくれたアリアに、暖かさを感じたラースローだが、アリアはあれからも寝てはいないようだった。
「眠れないのか」
 熱い茶を煎れるアリアにラースローは言った。アリアは首を振った。アリアの首の筋が浮きだって見えた。アリアはラースローが見てもわかるほど、やつれていた。
「自分の体調も解らぬようでは、人に大きなことを言えんな」
 ラースローの反撃にアリアは静かに笑い、
「この世はまるで夢のようだ」
 と答えにならないような事を答えた。
 秋の虫が鳴き始めている。寝易くなった近ごろだが、アリアは夜の訪れが悪夢の始まりのように感じていた。もう悪夢は見ないかも知れない。だが眠りはアリアを不安にさせる。
「夢と夢のはざまに見る、また別の夢だ。生きていることに実感がわかない」
 敷地の向こうに広がる農地。もうじき刈り入れだ。金色になりかけた穂が風になびいて、月明かりに様々な陰影をかもし出す。アリアはこの美しい風景も全て現実のものとは思えない時がある。
「おまえが望むなら、あの夢を見ないようにさせることもできる。だが…」
 ラースローが一旦言葉を切り、続けた。
「エルネスト・カルマールに」
 アリアの心臓が音を立てた。そう、この男は父親を殺した。避けていた話題。
 父を好きだったが、まとわりついてもっと嫌われるのも嫌だった。だから父とは距離をおいていた。時折みせるあの苦悩の瞳を見たくはなかった。
「…頼まれた伝言がある。もっと早くに言うべきだったかもしれん」
 父の伝言? アリアはラースローをあおぎ見た。
「剣を振りかざしたおまえの父親に術をかけた。己の思いだしたくもない過去を見させる術だ。たいていの者は心が壊れる」
 この屋敷に押し入った家令に使った手はそれだったのかとアリアは思った。
「しかしおまえの父親は息子や娘の未来だけを見ていた。つらい過去よりも心を残す者達の未来を案じた。わたしの術にはまらない人間は後にも先にもあの男だけだ」
 アリアは父を思う。元凶になった自分を疎んじていると思っていた。だから本当は手柄をもう一度立てるためにメルキオ殿下に組みしたのだと思った。
「兄上と私の未来?」
「その隙が命を奪った。オレアルの兵士が矢を一斉に放ったのだ。言い訳する気はない。そうなるように術をかけたのはわたしだ」
 息も絶えだえのエルネスト・カルマールはラースローに手を伸ばした。とどめを刺そうとする兵士を制してラースローは膝まづき、カルマールを抱き起こした。
「貴殿には何の恨みもない。命を狙った事、許せ」
 カルマールは確かにそう言った。
「他に言い残す事はないか?」
 ラースローが聞くと、カルマールは頷いた。
「もし、息子達に会う事があったとしたら、…その時は、きっと、わしと同じ目的なのだろ…う。機会があったら、伝えてほしい。わしは恨みを抱いたまま死んだのではなかったと。恨みで人生を縛るな。自由に、生きろ」
 最後までしっかりした口調だったが、言い終わると力尽きたように息を引き取った。
 アリアの頬に自分の涙に気が付いた。こぼれ落ちる涙を拭わずに肩を震わせた。父は自分を恨んでいたのではなかったのか。これは父の愛だろうか。あの父が…。
「父上…」
「おまえの痛みも苦しみも、アリア、おまえのものだ。決して安易に手放すな。手放せば、この先訪れる幸運にも気づくことなく見過ごしてしまうだろう。しっかりと胸に抱えて生きていけ。…おまえの父親が言葉にできなかった思いだ」
 ラースローが言った。アリアは声を上げて泣きたかった。涙が止まらない。
「夢と夢のはざまにあるは、生きているという現実だ」
 声もなく、ただアリアは頷いた。
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