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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 オリシスの容態はかなり安定してきたようだった。
 エドアルドは猟師に頼んでふもと近くの小屋にオリシスを移した。もうしばらくしたら起きあがれる事もできるだろう。だが当分は派手な運動はできない。
 外の見回りから帰ってきたエドアルドは剣を解き、弓と上着をぬいでオリシスの様子を見た。エドアルドに気が付いたオリシスは起きあがろうと身じろぎする。
「まだ無茶はするな」
「…」
 ラースローとオレアルを討ち損じた事は、猟師達の話から推測できた。シモーナは戻ってこない。それもこれも皆、自分がつまらない猜疑心に悩まされてのことだとエドアルドは思った。
「傷はつき始めている。ここで動いたら、また開くぞ」
 オリシスは大きく息を吸い込もうとしたが、息をするだけで激痛が走る。諦めて目を閉じた。
「野兎を取って猟師に渡してきた。今夜はうまいスープが食える」
 オリシスの傷に薬草を巻く手はしっかりしていた。エドアルドのたくましさをオリシスは思った。 
 夕食を食べさせ、汗を拭いてやりながら、やつれた青白い顔のオリシスの顔をエドアルドは見つめた。
「オリシス」
 オリシスが薄目をあける。
「すまなかった」
 エドアルドは頭を垂れ、手を組んでオリシスに呟いた。オリシスは眉をしかめる。
「おれに出来る事が今からでもあるなら言ってくれ。おまえは動けない。元はと言えばこれはおれがやらねばならない事だったんだ。アリアにそう言われた。すまない。こんなことになって」
「…アリアは」
「呪詛の方法を探すと言っていた。万が一失敗したときのためにと。だが、もうあの屋敷を出ているはずだ」
 ふうっとオリシスは短い吐息を漏らした。
「エドアルド」
 起きあがるオリシスに、エドアルドは今度は手を貸して助けた。
「言わなければならないことが、ある」
 息がきれるような声で、オリシスは少しずつ話しはじめた。

 半年前、エドアルドの父、エルネスト・カルマールと連絡をつけたオリシスは、カルマールの返答に驚いて聞き返した。
「まさか」
 カルマールがこの申し出に応じるとは思ってもみなかった。
 メルキオがカルマールの名を口にしたとき、オリシスは後悔した。その名を促したのは自分であるが、出来るなら関わらせたくはなかった。秘密理にカルマールを呼び出し、メルキオの意向を伝えたときも、断るものだと思いこんでいたのだ。いまさら何を言う、と。だから伝えたし、そう答えるのを期待もしていた。
 しかしエルネスト・カルマールは真剣な面もちで可と答えたのだ。
「考えても見て下さい。これは危険だ。もしかしたらあなたは捨て駒になる可能性だってあるんです」
 オリシスは自分が持ちかけた事も棚に上げて、カルマールを説得した。しかしカルマールは受けると譲らなかった。
 頭に白いものが混じり、口髭も以前よりは薄くなったカルマールだが、態度も考えも以前のように堅物で、これと決めた信念を覆すことはなかった。
「ただ条件がある」
 カルマールは出した条件にまずひとつ、家の再興をあげた。オリシスはその条件を意外だと思ったが、次の言葉を聞いて納得した。
「わしはもういい。このまま静かに田舎で生活するのがわしの生きる道だ。だが、エドアルドやアリアは、あの何もない生活から抜け出させてやりたい」
 エドアルドは親の欲目かもしれないが、いい青年になった。騎士の家に男と生まれたからには、世界で己の力を発揮するのが男の本懐というものだ。田舎に埋もれさせるには惜しい人材だと思う。もし成功したなら、メルキオ殿下が王位を継いだら、元の地位とは言わない、新王のもとで働かせてやってほしい。そこから家を興す事ができたら、あいつも立派な騎士といえる。
 アリアはこのまま閉じこめて枯れさせてしまいたくない。自分が思慮浅くおこしこと事件が、余計に娘を苦しめてしまった。娘が外に出られるようになったのも貴殿のおかげだ。できるならしかるべきところに養女に出して、そして貴殿に嫁がせたい。
「虫のいい話だと思っている。親馬鹿だと思ってくれてかまわない。迷惑なのも承知だ。オリシス殿、娘を貰ってはくれないだろうか」
 オリシスは返答に窮した。そう働きかける事はできる。アリアのこともいずれはと思っている。だがアリアに関しては本人がその事に心を閉ざしている限り、難しい。
「オリシス殿。すまない。今のは忘れてくれ」
「カルマール殿。今は無責任に約束する事は出来ません。問題は私ではなく、アリアの中にある傷です。いつかその傷が癒えたなら…。だが、これはこの任務とは全く別の問題です」
 カルマールはほっとしたように頷いた。
 もうひとつの条件は、失敗したとき子供たちに咎めがないようにしてもらうことだった。任務を引き続けさせる事もないように。これは自分が受けた仕事なのだからとカルマールは言った。
 が、結局オリシスの力が足りなく巻き込む結果になってしまった。
 オリシスはせめて今度は成功させるようにと、エドアルド、アリアと行動を共にした。がそれも今では危うい。

「許してくれ…」
 全てを話し終えたオリシスはエドアルドに最後にそう言った。
 エドアルドは膝に肘を乗せ、手を組み指をもてあそびながらじっと耳を傾けていた。
 父が自分から、それも息子や娘のために単身で。あの厳格な父が…家族のために。涙が滲んだ。厳しかった父。息子だろうが侯爵の跡取りだろうが分け隔てなく剣を教えた父。めったに笑う事がなかった父。アリアは父に愛されていないと思っていた。自分もそうだと思っていた。それは間違いだったのだ。
 そしてオリシスのことも勘違いしていた。
「謝るのはおれのほうだ。オリシス。おれはおまえにひどい事をした」
「いや…」
「ひどい事をした。おまえを信用しなかった」
 オリシスは首を振った。
「頼みがある。サリエルを知っているか」
「ナミールに来ていたが」
「彼を避けてメルキオ殿下に会ってくれ。カルロス・モドリッチならいい。渡りをつけろ。コーツウェルの状況を言って、軍を派遣させるんだ」
 コーツウェルの北宮に入った賊の取締りに軍を投入する。北宮とティスナの動きを封じる。
「わかった」
 エドアルドは夜が明ける前に小屋を出た。
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