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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ラースローには全く理解できなかった。
 いつも通りの生活だった。 ナミルへ行く前と変わらないいつも通りの生活。
 変わった事と言えば、自分が北宮に毎日出仕することと、アリアが姿を見せない事だった。
 朝起きると今日こそはアリアが出て行ったのではないかと思う。 しかし食堂に下りると温かい食事の支度が出来ている。 部屋で薬の調合をしていても、気が付くと書室に薬湯茶が煎れてある。 出仕の間に部屋が整えられており、シーツも衣類も洗濯してある。 用事はアリアを呼ぶ前に全て整えられていた。
 なのに、気配は感じるのにアリアの姿を見る事はない。 ただ、夜中、井戸の水をかぶる背中を見るだけだった。
 ラースローはその姿を見る度に胸がつかえるのを覚える。 なぜあんな事をしてしまったのか。 いや、なぜアリアは出ても行かず、自分を殺す事もなくここに居続けるのだろう。 この結果はラースローにはまったく不可解な事だった。
 いっそ北宮に泊まり込んだ方が、あの背中を見ずに済む。
 しかしそれでは国王オルギウスの容態を悟られる危険がある。 周囲に国王の容態を知られないようにするには、昼間、いつも通りにティスナが北宮を取り仕切る必要があり、ラースローが泊まり込むような、いつも通りではない事があってはならないのである。 それがティスナとの間に出来た暗黙の役割だった。
 だが、これにいったいなんの意味があるのだろうか。 国王が奇跡的に目を覚ますのをただ待つのか? 
「無意味なことだ」
 ラースローは自分が独り言を言ったことに気がつき、自嘲した。
 
 アリアは使用人室でベットに座ったまま夜を過ごしていた。 窓の外の月明かりを見る。 裏の林の上に欠けていく月が出ている。 体が重たい。 痩せていく体を抱きしめる。
 シモーナは言った。 自分が甘えていると。 だが、今度こそはオリシスには会えないような気がした。 戦えなかった。 そして同じ結果を生む。
 オリシスは助かっただろうか。 エドアルドは…。
 気に病んでみるが全てがどうでもいいことのようにも思えた。 そんな風に思う自分が情けなく、疎ましかった。
 今自分が生きているのは、生きる事が自分に課せられた罰だからだ。 死はいつも魅惑的だった。 どれほど自分の死を願ったことか。 だけどいつも自分だけが生き残る。
 アリアは膝を抱えた。 自分のために母や父が死に、兄が苦しんでいるというのに、全ての元凶が自分だというのに、まだ自分は死なずに生きている。 おぞましい自分を消し去る事が出来たら、どんなに楽だろう。 何の楽しみもなく、何の希望もなく、生きていることに何の意味があるだろう。
 何の希望もなく…。 しかし望みはあった。 それは自分の死だった。 ならばその望みを捨てよう。 唯一の望みを捨てる事で、アリアは自分の罪を償おうと思ったのだ。 生きる事の苦痛を一生背負って生きて行くのだ。
 裏返せばそれは自分が生きるための理由をこじつけるているのかも知れない。 生きるに値しない己の価値を、この世につなぎ止めておく屁理屈を、ただこねているだけなのかも知れない。 本当に死を願うならそうなったはずだ。 だが自分は、喉が乾けば水を飲むし、腹がへればパンを食べる。 眠くなればちゃんと眠るし、敵がくれば剣も抜く。
 本当は一体、何を望んでいるのか。 何も望まないと言いながら、何かを望んでいる。
「私はきっと誰よりも卑怯で卑しい人間なんだ」
 アリアはそう呟いた。
 そう、望んでいた。 オリシスと共にあることを。 しかし、もう気力がついて行かない。

 ふっと眠りかけた瞬間、アリアは物音に飛び起きた。
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