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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 暗い森の中に自分は居た。 見上げても見えるのは枝を張った高い木々ばかり。 なぜこんな所にひとりでいるのだろう。
 アリアは自分がどこへ行こうとしているのか、何をしようとしているのか思いだそうとしていた。
『ああ、そうか』
 今日は父と兄が戻ってくるのだ。 一年ぶりだ。 父の隊を迎える準備をしている屋敷を抜け出して、アリアは森の小道を走っていた。 この近道を抜けて街道に出れば、真っ先に父に会える。 そして父の後ろに乗って一緒にカンタリアの街に入り、領民に出迎えてもらうのだ。
 ふと、アリアは自分と同じように歩く足音を聞いた。 次第にそれは自分に近づいてくる。 気の迷いと思っていたが、はっきりと気配を感じて心が焦った。 音はすぐ後ろまで来ていた。 アリアは走りだした。 走っているのに足が言う事をきかない。 重くてもつれて、次の一歩を踏み出すのにこれほど力をいれているのに、足はまったく言う事をきかなくなっていた。 見ると自分の足は腿の付け根から溶けて消えていた。 地べたに這い蹲って、今度は手で地面を蹴るように音から逃げた。 規則正しい音なのに飲み込まれそうで、必死に手を動かした。 草を握り、土に立てた爪が割れ、懸命に動かす手も言うことを効かなくなっていく。 もう一度振り返ると、黒い影が見えた。 恐怖が体を突き抜けた。 逃げなければ。
 髪を掴まれた。 服を手を掴む複数の腕。 それでも手を動かして自分を掴む腕ごと引きずるように這った。
 顔を上げると白いものが目に入った。 淡い栗色の髪がひろがる。 白いドレスを着た母がいた。
「母上」
 助けを求める。
「母上ー!」
 手が滑った。 なにかぬめりとしたものに手をついたのだ。 見るとアリアの手は赤く濡れていた。 母の方から自分へと押し寄せてくる赤いものは…。 母の白いドレスが瞬く間に赤く染めあがっていった。
 自分を掴む腕の先に黒い影の顔があった。
「あ…」
 顔は次第に変貌し、胡桃色の髪と灰味がかった薄茶色の瞳をもつ端正なものに変わった。
「ああ」
 ラースローの冷たい眼差し。 孤独な…深い闇。
「あ──────っ!」

 アリアは自分の叫び声に目を覚ました。 本当に声を上げたのか、それとも声のない叫びだったのかわからない。 気が付くと 全身に汗をかいて半身を起こしていた。 ベットのシーツも湿っている。 アリアは自分の腕を抱いた。 まだ上下して息をしている肩を静めるためでも、あの夢を見た恐怖を落ちつかせるためでもあった。 しかし、こうやって目が覚めた以上、二度と安らかな眠りが訪れない事も知っていた。
 膝を引き寄せて体を出来るだけ丸くした。 目をつむりたくなかった。 あの夢の残像を見たくはなかった。
 外は白みはじめ、自分が寝ていたのはほんの数時間だったとわかる。 あのあとどうやって自分の部屋まで来たのか覚えがない。
 アリアはふらついた足取りで部屋を出て、外の井戸で水を汲み、頭からかぶった。 何度も何度も。
 なぜ自分がまだここにいるのかわからない。 なぜオリシスの元へ急ごうとしないのだろう。 シモーナが自分の命も省みずにここに来たと言うのに、何をぐずぐずとしているのだ。
 いつまでも水をかぶるアリアの背後に、屋敷の廊下からアリアを見おろすラースローの姿があった。

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