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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 屋敷の中に移した自分の部屋で、アリアは身支度を整えた。 台所で食料と水を皮袋につめ、居間を横切る。 あとは小屋に隠したままの大剣を取って、そのまま馬屋に行けばいい。
「どこへ行く」
 その声に、瞬時にアリアは振り向いた。
 部屋の暗がりにラースローが立っていた。 いつ帰ってきたのだ。 物音はしなかった。 いや、気が付かなかった。 旅装のアリアはただラースローを見つめた。
「出かけるには随分遅いな。 いや早いと言っておこうか」
 窓から差し込む月明かりの中にラースローは一歩踏み出した。
「わたしの証拠でも見つかったか」
 月明かりの中のラースローは、青白く冷たい微笑みを口元に浮かべていた。
「初めから知っていた。 あのカルマールの娘であることぐらい」
 体が凍りついたかのように、アリアは動けないでいた。
 知っていた? 初めから? ではなぜ手元に残した。 頭の中が白く染まっていく感覚をアリアは覚えた。 それでもラースローから視線を外らす事が出来なかった。 冷たく笑っていても、ラースローはこの世の者とは思えないほど美しいとアリアは思った。 冷たく笑う時ほど、ラースローの感情が激しいことも。
「父親の仇が目の前にいるのに、何もせずに出ていくのか。 おまえの父親に対する愛情とは、その程度のものなのか」
 また一歩ラースローは踏み出した。
「どうした。 わたしが憎くないのか」
「なにを…、いって…」
 喉が乾いて声になったかどうかわからなかった。 父カルマールはやはりこの男に殺されたのか。 だがそれは仇を討つことからかけ離れた出来事のようにアリアには感じられた。
「証拠がなければ本心も口に出せないか。 いくらでもくれてやる。 呪詛の方法もティスナとオレアルの陰謀も。 さあ、わたしを殺すがいい。 そして証拠を持ってどこへでも行けっ」
 アリアの足元に、隠してあった剣が投げ出された。 剣とラースローを交互に見る。 ラースローの顔が苦痛にゆがむのを見て、アリアは落ちつきを取り戻した。
 殺せとこの男は言う。 自分を屋敷に残したのは、このためだったのかもしれない。 哀れな…。
 アリアは剣を拾い上げると鞘のベルトを自分の腰に巻いた。
「私にお主は殺せない。 父の仇だとしても、お主は利用されただけだ」
 なぜ今ラースローが呪詛も何もかも投げだそうとしているのか疑問だったが、それよりもオリシスが心配だった。
 呪詛の方法を知り、ナミルで討てなかったラースローを殺す。 それほど時間がかかる事ではない。 いや、一石二鳥というものだ。 しかしラースローに対する殺意はアリアの中のどこを探しても見あたらなかった。
 出て行こうとするアリアの腕をラースローが掴んだ。
「哀れみをかけるのか、このわたしに!」
 この細身の体のどこにこんな力があるのかと思うほど、腕を掴む手は強かった。 アリアが腕をひねっても振り解けなかった。 ラースローは冷静さをかなぐり捨てていた。
「どうしても殺せないというなら…、ならば殺意を抱かせてやる──!」
 さらに腕を掴む手がこもった。 アリアは目を見張り、このあとに起こるべきを予感した。 逃げろと心の中の自分が叫ぶ。

 逃げろ。 でなければ剣を抜け! 

 だがアリアの体はあの時の恐怖に捕らえられ、指先ひとつ動かすことが出来なかった。


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