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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 書室の奥の小部屋でアリアはあらゆる書物、あらゆる品を手に取って確かめた。 机の中も棚も。 床に隠し倉庫がありはしないか、天井裏は…。 しかし手がかりになるようなものはなかった。
 ラースローはこのことを見越して、呪詛に関する物を出かける前に全て処分してしまったのではないだろうか。 だとしたら、もはやここにいるのは無意味だ。 …しかし…。
 アリアの耳に馬の嘶きのような声が聞こえた。 ラースローか。 慌てて台所に戻る。 裏口から外に出ると、馬小屋の近くに一頭の馬がいた。 かなり疲れているのか、吐く息が激しくぐったりとしている。
 もう夜半。 辺りは月明かりで見えないことはない。 用心して馬の方へ近づく。 背に人影が見えた。
「誰だ」
 影はゆっくり馬の首から体を起こした。
「!」
 影は崩れるように馬から落ちた。 駆け寄るアリア。 馬に蹴られないように人物を引っ張りあげ、抱きかかえるようにして小屋に連れた。
「今なにか飲物を」
 そういうアリアを手で止めた。
「シモーナ…」
 蝋燭をつけ、改めてシモーナの顔を見る。 蝋燭の灯でもシモーナの顔が蒼白になっているのがわかる。
「怪我をしているんだな。 傷を見せてくれ」
 シモーナはそれをも拒んだ。
「…時間、時間があり、ません」
 苦しい息の中、シモーナが言った。
「失敗したのか。オリシスは」
「けがを負っています…。あまり…」
 時間が無いという事は、オリシスのことだろうか。 としたら、かなりの怪我なのだ。 それにしてもなぜシモーナがここに。 はやる気持ちを押さえてアリアは辛抱強く続きを待った。
 シモーナはナミルでラースローの討ち取りが失敗したこと、アリアのことがオレアルに知れたこと、オリシスが怪我をして意識が無いこと、ラースローらがコースウェルからの早馬で北宮に戻っているだろうことを簡単にアリアに告げた。 ナミルが失敗したこともラースローが帰っていることも気になったが、それよりオリシスの怪我の具合だ。
「オリシスを置いてきたのか。 なぜ。 シモーナが付いてなければいったい誰が…」
 シモーナはアリアを悲しく見上げた。
「わたくしでは駄目なのです。 アリア様、わたくしでは…」
「シモーナ?」
「オリシス様の元へ、お願いです。 オリシス様はうわごとであなたの名を」
「私の?」
「あの方はあなたを求めておいでです」
「…まさか」
 シモーナがアリアの袖をぎゅっと掴んだ。 掴んだ手が震えている。
「まさか、だって、オリシスは侯爵家の跡取りだ。 そんな」
 そんな事があるわけない。 確かに自分は願った。 だが、所詮夢だ。 どうしたって結ばれるわけがない。 自分は爵位を剥奪された家の、しかも過去に傷をもつ人間だ。 今は身を隠して仇討ちをしなければならない身であるというのに。 だから期待もなにもしなかった。 友として扱ってくれるだけで充分だった。
「あなた方を宮廷で認めて貰うために、オリシス様は…。 それでもだめならあの方は爵位を捨てる気でいるのです。 なぜわかって差し上げないのです。 あの方はずっと、ずっとアリア様だけを見ておられた。 アリア様と共にあることが、あの方の望みだと言うのに。 そのために事を成功させようとしているのに」
 シモーナの目から涙がこぼれた。
「わたくしがわかるのに、どうして、どうしてあなたがおわかりにならないのです」
「シモーナ…」
「わたくしはあなたが羨ましくて、そして憎かった。 わたくしはあの方の為なら、命もいらない。 なのに、あなたは過去の小さな傷にこだわって、人々の行為に甘えている」
 シモーナの言葉はアリアの胸をえぐった。 人に頼るのはいやだった。 だからひとりで生きられるように剣を学んだ。 しかしそうやって人を隔てる行為が、かえって人に余計な気遣いをさせていたのではないだろうか。 エドアルドにしてもオリシスにしても、いつも気遣うように自分のそばに居てくれた。 知っていながら、自分は気づかない振りをしていたのだ。 これはシモーナが言うとおり甘えでしかない。
「なぜ諦めてしまう。 なぜ手に入れようとしないんだ」
 オリシスが言った言葉が蘇った。 手に入れててもいいのだろうか、この自分が。 いや、この意気地のなさをシモーナは言っているのだ。
「シモーナ、場所はどこだ」
 アリアはシモーナを抱き起こした。 手にべったりとした感触があった。
『ひどい。こんな体で…』
「ナミルの東の山腹に、小さな炭小屋があります」
「わかった。 だけど、行く前に傷の手当をさせてくれ。 なにか、飲むか?」
 エドアルドがその場所をわかればいいが。
 アリアは屋敷の台所に行って、布と水をもって小屋に戻った。 が、シモーナの姿は消えていた。
「シモーナ」
 あの傷とあの様子では…。 外には馬もなかった。 馬も相当疲れていた。 遠くまで走る事はできない。
「く…っ」
 アリアは布を握りしめた。
 探しには行けない。 それを彼女は望んではいない。 早くナミルへ行ってくれという、彼女の最後の願いなのだ。

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