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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ナミルの山頂から東にかかる稜線に、見張りの兵士がいる。 ひとり、ふたり…。 洞窟の入り口にも数人、山道にそってまた数人。
 茂みの中からオレアルの天幕も見えた。 夜の色がうすくなり、篝火の色もあせはじめていた。
 オリシスとシモーナはまる一日、洞窟の様子を窺っていた。 ラースローの姿は見えない。 あの中にこもっているのはまちがいない。 オレアルは酒を飲み、暇そうに辺りをうろつくが、すぐに飽きて天幕の中に入っていく。 兵士の交代は日に三回。
 ついてきた猟師は、半日ほど山を下りたところで待機しているはずだった。 三日たっても戻らなければ、文をもってバルツァ家のサリエルを訪ねるよう指示してある。 退路も覚えた。
「オリシス様」
「よし」
 髪をひとつに束ね、身軽い装束のシモーナが走る。 天幕の見張りを音もたてずに喉を掻ききる。 洞窟の兵士を上から矢にかけ、オリシスはひとり中へと進んだ。
 暗く、細い道が続く。 洞窟の中には兵士がいなかった。 奥のほうで、灯がちらちらと揺れているような影が見える。 オリシスは剣を握り直してさらに進んだ。 音が聞こえた。 薪が燃える音に混ざって低く高く唱える男の声。 ふいにその声が止んだ。
 オリシスは一旦足を止め、そして最後の岩影をまわった。
 広くひらかれた場は、赤々と燃える薪で眩しいほどに明るかった。 炎に照らされた鍾乳の天井が白く光り、蝋燭が薪を囲むように円を描いている。 その中に、白いフードのついた衣に身を包んだ背中があった。
「ラースローか」
オリシスが背中に声を投げつけた。
「答えられよ。 この場で何をしているか」 
 背中が立ち上がり、ゆっくりと向きなおった。 炎を背にして立つその姿は神々しいほどに美しかった。 オリシスの首筋に汗が一筋流れた。 炎の暑さのせいと思いたかった。
「人にものを訪ねるときは、自分から名乗るものではないのか、タニアの飼い犬よ」
 オリシスの頭にかっと血が上った。
「それとも主人に名をつけてもらえなかったか」
 くっとラースローの口端があがった。
「昨夜から気配はしていた。 ワイナー候の嫡男オリシス。 何故この聖域を犯す」
「どちらが犯しているのだ、ラースロー。 それはなんの所行」
「ただの修行だ。 陛下の許可も得ている」
 ぎりっとオリシスは奥歯をかみしめた。 陛下の許可を得ているはずがない。 しかしここでそれを問いただす必要はないし、ここまで来た以上もはや引き返せない。
「検分させてもらおう」
「なんの権限があって行う。 説明もしないつもりか」
「ならばただ切るのみ」
 オリシスが剣を構えて進んだ。 ラースローは動かない。
「覚悟!」
 切り込み、あと一歩でラースローに届く瞬間、オリシスの肩に激痛が走った。 剣が地面に落ちた。 肩を貫いや鏃が見えた。振り返ったオリシスが見たのは、オレアルと弓を構えた複数の兵士だった。
「…!」
「ひとりで乗り込むとは勇ましい事ですな、オリシス殿」
 何という事だ。 ラースローの言葉に乗せられて、冷静さを欠いた結果だ。
「来て貰いますよ。 聞きたい事がたくさんあるのでね」
 兵士がオリシスを捕らえ、洞窟から引き出された。
「警告したはずだ。 昨夜から気配があったと。 我々が何の用意もしていないとでも思っていたのか」
 振り返ってオリシスはラースローを睨んだ。 冷たく笑うラースローが炎の影に揺れていた。
 オレアルは「ひとりで」と言った。 シモーナの存在は知られていない。 オリシスは肩の傷みを堪えながら、シモーナの気配を探した。 どこかで自分を見ているだろう。 逃げ出す機会を掴むのだ。 いや逃げ出すだけではいけない。 彼らを討ち取らなければメルキオ殿下に影響が及ぶ。 オリシスはしっかりとした歩調で歩んだ。
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