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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

「アリア様からの伝言です。 今朝方、ラースローが屋敷を出て宮へ向かったとのことです」
 シモーナは宿のオリシスへ告げた。 今さっきアリアと接触し、得た情報をオリシスに伝える。
「ひとりで発ったようですが、どこかでオレアルと合流するでしょう。 いかがなさいます」
 オリシスは窓辺に立って眼下の通りを見ていた。
 エドアルドの行方は依然つかめないままだ。 この機を逃したら、ラースローの追跡は出来なくなる。
「支度だ。ラースローを追う」
 エドアルドのことは諦めたとオリシスの目が言っていた。
「すぐに」
「オレアルはまだ北宮にいるんだな」
「はい」
「宮の南口。 そこで待機だ」
「はっ」
 シモーナが部屋から素早く姿を消す。 オリシスも上着を着た。 行き先はおそらくナミルだろう。 マテオ王子の継承権受理から一週間。 事を起こすには早すぎる。が、逆に相手が焦っているのなら呪詛も早く行える場所にするはずだ。
「エドアルド。 どこにいる」
 苛立ちがつのる。 エドアルドがいなければ今回の事も意味をなさない。 コーツウェルに乗り込んだ子弟らの行方をつかんだが、エドアルドの姿はなかった。 取り越し苦労ならいい。
 オリシスは荷を担いで部屋を出た。

 まだ開いていない酒場の奥の一室で、エドアルドは考えをまとめようと必死になっていた。
 考えれば考えるほどわからなくなっていく。 オリシスのこと、ティスナとキアヌを討つこと。 どちらが本当にすべきことなのか。 アリアはあの屋敷を出ただろうか。
「どうしたエドアルド。 怖じ気ついたのではあるまいな」
と声をかける同僚に一瞥をくれる。
「決行は」
「五日後だ。 この日は晩餐も舞踏会もない。 国王陛下の休暇日になっている。 警護も手薄だ」
 そんなときに紛れ込めるのか。 強盗を装うなら人が集まっている方がいい。 しかし、やると決めたからにはやらなければならない。 エドアルドは酒に手を伸ばし、そしてまたオリシスの事を、アリアの事を考えた。

 宿の主人はオリシスとシモーナの姿をただの行商人と思った。
 オリシスは主人と多愛の無い話をして、ラースロー一行の足どりを確かめる。 昨夜この宿を発ったらしい。 人相や人数からラースローと一致した。
 北宮で彼らを見つける事は出来なかった。 オリシスたちよりも先に出発したのだ。 後を追ったが、計算違いに向こうは馬を走らせていたらしい。 日はまだある。 夜通し進めば追いつくだろう。
 タニアへの使者はすでに送ってある。 早ければ、同時刻にナミルにサリエルと落ち合えるはずだ。 マテオ王子の侍女にひとり潜り込ませてある。 鏡やその他の持ち物は、全て取り替えてある。 呪詛を行ったにしても、効果がでるまで時間をかなり稼げるだろう。
「エドアルド。 早まるな」
 そう念じて、オリシスは馬を走らせた。

 ナミルは山と言うより山脈を意味している。タ ニアを見おろす北に連なる山々を指す。 そこから湧き出る豊かな水脈が、タニアの都を潤している。 木が生い茂り、鹿や兎や狐が生息し、麓の平野では毎年狩が行われる。 聖域ではあるが、これもエタニア王家に伝わる伝統的な行事のひとつだった。 許可のない立ち入りは厳しく禁じられており、密猟や貴重な薬草を乱取されるのを取り締まっている。
 ナミル山が見えはじめたところで、オリシスはラースローの一行に追いついた。 あの山の向こうがタニアである。 彼らがナミルに入るのを見届けてオリシスとシモーナはサリエルの到着を待った。 時間がいたずらに過ぎていく。 
 ナミルは広いが、一般的な上り口は全部で三箇所あった。 その三箇所に警護兵が張り付いている。 コーツウェルからの一行の数は八名。 彼らは東の上り口から入って行った。 とすると…。
 呪詛の行われるであろう場所を想定し、猟師達を使い獣道から調べさせる。 猟師達は、ここが聖域であることを知った上で、豊富な獣の狩を無断で行う。 抜け道や水の場所まで知り尽くしているのだ。 もちろん見つかり、捕らえられれば命はない。 しかしそれも生活のためであり、そんな彼らをメルキオは黙認していた。 彼らとて縄張りを荒らされたくはない。 よそ者の進入を拒み捕らえるのは、警護兵ではなく、一般に彼ら猟師のほうだった。
「東側斜面に洞窟があるんでさ。 木に囲まれてんであんましめだたねえけど、そこに櫓とか薪とかが積まれてて…」
 オリシスは猟師に銀貨を与えた。 猟師達はまたなにかあれば、とオリシスの前から消えた。 場所は絞り込んだ。踏み込むのも時間の問題だ。 あとは…。
 しかし何日たってもサリエルは現れなかった。
 どこまで呪詛が進んでいるのか。 マテオ王子の様子は。 知りたいことが何も分からない。 オリシスはシモーナを呼んだ。 二人でいったいどのくらい戦えるだろう。 山の警護の者達は数にいれなくていい。 獣道を通り、ラースローとオレアルを討ち、警護兵が駆けつける前に退却する。 果たしてうまく行くのだろうか。
「ここへ着いてからも使者を送ったというのに、まだ着かないところを見ると、あるいは…。 退路を確保すれば」
「勝算は」
「五分五分というところでしょう」
 ならばそれに賭けるしかない。 サリエルがそれまでに到着してくれれば助かるが、期待をしない方が安全かも知れない。
「猟師をひとり、道案内に雇おう」
「はい」
「日が暮れたら、…行くぞ!」

 タニア街のはずれに、ひとつの死体が見つかった。 近衛騎士が検分を行った。 腐敗がかなり進み遺体の身元は分からなかったが、遺体は荒らされた様子もなく所持品は殆ど手つかずで回収された。 夏に伸びた背の高い葦のせいで発見はおくれたものの、物取りや死体荒らしの手にかからなかったのだ。 所持品のなかには、近衛隊が驚くものもあった。
 カルロス・モドリッチはメルキオに直ちにそれを渡し、ついでサリエルが呼び出された。
「オリシス・ワイナーからの書状だ。 オレアルたちはすでにナミルに入っている」
 使者は途中何者かに殺されたが、この書状が残っていたということは、あらかじめ二通したためてあったようだとカルロス・モドリッチが言った。
「すぐナミルに発て」
「はっ」
 カルロス・モドリッチがサリエルを追いかけてタニア王宮の廊下を小走りした。 サリエルの背中に声をかける。
「あれはコーツウェルからの使者じゃないでしょうな。 もし待ち伏せしたのなら、もっとタニアから離れたところで討つ。 私ならそうする。 としたら、オリシスが送ったコーツウェルからの使者はどこに消えたんでしょうね?」
「わからぬ。 届いていないと言う事は、やはり途中で何者かに殺されたのだろう」
「…ふむ」
 並んで大股に歩きながら、カルロス・モドリッチはサリエルの表情を盗み見した。 動揺が微塵も感じられない落ちついたサリエルがいた。 さすがエタニア随一の武人。
「用心するにこしたことはありませんね。 もうすでにやつらはナミルに入っているのでしょう。 使者が二人も殺されたんだ。 まだなにかあると思った方がいいですね」
「承知の上だ」
 カルロス・モドリッチは颯爽とマントを翻して歩いていくサリエルを見送った。
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