夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。


北宮の女性だけの区画があった。 ティスナ妃とその侍女達が生活する区画である。 男性は国王しか入れないことになっているが、ティスナ妃のところにはよく他の公達が行き来していた。
ラティアはティスナに呼ばれてその部屋に入った。
「ティスナ様?」
呼んでもティスナの気配はない。そのとき扉が音を立てて閉まった。
 振り返ったラティアはそこにいる数人の男女に目を凝らした。 ティスナ妃の侍女たちと見慣れぬ貴族の男達だ。
「こんなところに殿方を連れ込んで、いったい何をするつもり?」
 侍女の言っていることがわからない。 男を連れ込んだのは彼女達ではないか。 彼らの含み笑いが癇にさわる。
 男達が進み出てラティアの腕を掴んだ。
「離してっ」
「あら、殿方の扱いは慣れているんじゃなくて?」 
「気取ってないでいつものようにしたらどう」
 腕を掴まれたままラティアはと女達を睨んだ。
「おい、本当にいいのか?」
 男が侍女に聞いた。
「かまいませんわ。 そのための娘ですもの」
「下賎のものですけど、その道の長けた者ですの。 ひとときのお楽しみにはなりますわ」
 男達の腕に力が入った。 ひとりの手がラティアの胸元にかかった。
「いや!」
「聞いたぞ。 客を取っていたんだってな」
 近づけた男の顔にラティアは唾を吐きかけた。
「このっ 売女がっ」
 痛烈な平手打ちがラティアの口を切った。 衣服の胸元が引きちぎられ、裾がまくられた。
「いい姿ね。本性が出たみたい」
 女達の高笑いが聞こえた。 悔しくて涙が出そうになった。しかし泣いている暇はない。 ラティアは腕を掴む男の手をおもいっきり 噛んだ。 足で辺りかまわず蹴る。 体が自由になってラティアは部屋の隅に逃げ込んだ。
「逃げても無駄だ」
 ラティアは燭台の蝋燭をはらい落とし、彼らに向けた。
「それをおろせ」
 男のひとりが剣を抜く。
「そんなもの恐くないわ。 脅さなきゃものにできないなんて最低。 あたしは商売女よ。 寝たかったらお金をもっておいで! 文無しには用はないよ」
 髪を振り乱し、口はしに血を滲ませて睨むラティアの形相は、男達も女達もぎょっとさせた。
「用がないならさっさと出ておいき!」
 彼らが後ずさったとき、扉が開いた。
「何をしているのです」
 ミストール婦人だった。
 女達は一瞬しまった表情をしたが、ひとりがすかさずひざまずいて言った。
「物音がすると思って入ってみたら、彼女が殿方と…」
 ラティアは思わず女の方に走りより、おもいっきりひっぱたいた。
「な、なにをするのよ」
「あることないこと言わないでよ。 陥れようとしたくせに」
「おやめなさい」
 ミストール夫人が眉を釣り上げてラティアを睨んだ。
「殿方はここが男子禁制とわかっていて入られたのですか」
「いや、その」
「彼女が引き込んだのですね」
 この状況を見て、なぜそんな言葉がミストール夫人の口からでるのかラティアには理解できなかった。
「それではお引き取りください。 おまえたちも下がってよろしい。 ラティア、おまえはわたくしと来て貰いますよ」
 燭台を落とし、拳を震わせた。 今度のことだけは許せなかった。 ほかの嫌がらせはまだ我慢できた。 しかし今回は自分の人権も誇りも踏みつけにされた気がした。
 ミストール婦人に連れられたのはティスナの部屋だった。
 ティスナはラティアの様子に驚いたが、ミストール夫人が言い出すまで黙っていた。
「もうこの者をおいておくことはできません。 こうも問題を起こされては示しがつきません」
「彼女が何をしたの」
「殿方と部屋におりました」
「そう」
 興味がないようにティスナは扇をあおいだ。
「ティスナ様」
「誰がいたの」
 ミストール夫人はそこに居た男女の名を上げた。
「彼女達には暇をだすといいわ。 無一文で追い出してちょうだい。 騎士達には騎士の称号を剥奪してやりたいけど、それは陛下の権限だわ。 この夏の北宮への出入りを禁じましょう」
「!」
「おまえももうお下がり」
 ミストール夫人は顔を青くして下がった。 そしてティスナは改めてラティアを見た。
 あっけにとられたラティアは衣服をただす事も忘れて、ティスナを呆然と眺めた。
「いじめられたのね。 あの娘達もやりすぎたわ。 まったく自分達の無能さを棚に上げて妬むことしかしないんだから」
「あの…」
「今回の事で恩を着せるつもりはないわ。 おまえも何も気にすることはない。 おまえを残したのはまだ暗殺者が捕まらないからよ」
 ラティアは黙ってうつ向いた。 そうだろう。 しかし、自分を信じてくれたことは確かだ。 それには素直に感謝した。 救われたと思った。
「さあ、顔を冷やしなさい。 おまえは美しいわ。 しなやかで孤高に生きる野生の豹のように」
 ティスナの目が優しく笑った。 つくった笑いではなかった。 世間で噂されるティスナ妃とは別人のようだ。 信じるべきは何なのだろう。 せめてこの笑顔をキアヌ王子に向けてほしいとラティアは思った。
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