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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 その日の夕方、アリアは開けた窓を閉め、三階の奥の部屋に最後に向かった。 開いた扉からラースローの姿が見える。 蝋燭も燃え尽きて一層暗くなった部屋にぽつんと背を丸めて座っていた。 何も見つけられなかったか、若しくは見つけてもいい事はなかったかどちらかであろう。 昼食は手もつけていなかった。
「ラースロー様」
 ぴくんと肩が動いた。
「夕食の用意が出来ています。 それから…湯浴みの用意も」
 ラースローは黙ったままだ。
「ここは私が明日にでもきれいにしておきます。 さあ」
 手を差し出す。 ラースローは手をアリアに預けた。 アリアの冷たい手がラースローに表情を戻したようだ。 アリアを見上げる瞳が失望に彩られていた。 アリアの胸が傷んだ。
 アリアはラースローを立ち上がらせて、窓を閉めた。 昼食を手に部屋から出る。 ラースローもあとに続いた。 不思議な時間だった。 ラースローは大人しく後をついてくる。 手にはあの女性の肖像画を持っていた。 
 お湯を浸した浴槽にラースローを入れた。 埃だらけで髪には蜘蛛の巣さえかかっている。
「ご自分で洗いますか? それとも流しましょうか」
 何も言わないラースローにアリアは高価な石鹸をぬりたくった。 こういう時に石鹸を使わずいつ使うのかというくらい、頭にも背中にも塗った。 布で背を洗い流す。 きめ細かい肌だと思った。 日に焼けたアリアの肌とは対象的に白く、痩せている。 新しいお湯をかけると、ラースローはようやく口を開いた。
「あつい」
「え?」
 お湯の流す音でよく聞き取れず聞き返すと、今度は怒鳴った。
「熱いと言っているだろう! あとはやる。 もういい」
 アリアの持っていた布がラースローにひったくられた。
「ちゃんと拭いて出てきて下さいよ。 夕食を整えておきますから」
「うるさい!」
 いつものラースローに戻ったとアリアは苦笑した。 だが、あの時見せた表情こそがラースローの本当の姿ではないかと思った。 だとしたら、なんという悲しい姿なのだろう。
 夕食の間何も話さなかったラースローが、食後のワインをアリアにも勧めた。
「あ、でもまだ食事してないし」
「だったらここで食べろ」
「はあ」
 今度は遠慮無くラースローの言うとおりにした。 たぶんそうすることをこの男も望んでいるのだ。 何か話したいことがあるのかもしれない。
 アリアが食事をしている様子をラースローはワインを飲みながら眺めていた。 妙な息詰まりを感じる。
「なんだか、見られながらひとりで食べるのって変な感じですね」
 何か喋らないと、うまく食べ物が喉を通らないような気がした。
「そう思うなら明日から同じテーブルにつけ」
 そう言ったラースローにアリアは納得した。 ラースローも窮屈だったのかもしれない。 若い給仕ラジールに対してとった態度もその表れだったのか。 オレアルの屋敷に居た頃はどうだったのだろう。 自分だったらオレアルと差し向かいで食事をするのは大金を積まれてもいやだ。
「でも給仕は…」
「給仕するような料理か」
 言われてみればその通りである。アリアの家でもテーブルに盛った料理を取り分けて食べていた。
 しかし、この命令口調は…。 だから勘違いするんじゃないか。
 今ならアリアも分かった。 命令するのはそうしてほしいからなのだ。 うるさい小言は言うが、滅多に希望を言わないラースローの希望は、この命令口調に含まれていたのだ。
「では明日から」
 アリアは笑いをかみ殺しながら答えた。
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2006.11.01 14:18 URL | 一九 #- [ 編集 ]













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