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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 呼び鈴の音にアリアは客間に向かった。
 オレアルとラースローの会話が気になっていた。 客の従者達の飲物と軽食を台所に近い小部屋に用意し、彼らの馬に水を与えたところだった。
 客間に行くと、先ほどと同じようにゆったりとした肘掛けに臨月間近かと思わせる腹をもつオレアルが座っている。 ラースローが不機嫌そうにこちらを見て言った。
「茶を煎れなおしてこい。 冷めてしまった」
 アリアはオレアルを見ないようにテーブルに近づいた。 オレアルの視線がこちらに向いているのが気になる。 自分の面影から父親や兄を連想させただろうか。
 テーブルの茶器を下げようと伸ばした手をオレアルがすっと握った。
「思ったより華奢な手だな」
 好色な目つき。 ぞくっと寒気が走った。 妙に温かいねっとりとしたオレアルの手の感触が気持ち悪い。 引っ込めようとする手をますます強く握って撫で廻す。
「おや、寒いのかな。 鳥肌がたっておる」
『貴様が気色わるいんだろうが!』
 と怒鳴りたいのを堪える。
 ラースローを見ると、冷めた目で笑っていた。
 アリアは急に自分が落ちついていくのが分かった。息を吸ってわざと乱暴に言う。
「あの、おれ、馬糞いじってまだ手ぇ洗って無いんスけど」
 オレアルはぎょっとして思わずアリアの手を離した。
「ば、ばかものっ。なぜ洗ってこんのだ」
「はあ、早く来いって呼ばれたもんで」
 ラースローは急に大声で笑いだした。 ラースローの突然の反応に、今度はアリアが驚く。 ラースローの笑いは止まらず、目に涙さえ浮かべている。
「けしからんっ」
 オレアルは席を立ち、体を揺すりながら洗面へと向かった。
『馬糞ぐらいで。つくづく武人には向かないやつだな』
 とアリアは茶器を片付けはじめた。
「くくくくっ」
 ラースローの笑いはまだ治まらない。
「お茶、どうします?」
「煎れてこい。 うんと馬糞の香り効いたやつをな、ははははっ」
『なんなんだ、こいつらは。まったく』
 アリアは背を向けてから初めて顔をしかめた。
「わたしにおまえのような知恵があったらな」
 背中にぼそりと呟くラースローの声が聞こえた。 しかし聞こえなかった振りをして台所に戻る。
「どういう意味だったんだ、あれは」
 客人用のポットのお湯を沸かしながらラースローの呟きを考える。 新しい茶を運んだときには、オレアルの姿はなかった。
「もういい。 客は帰った」
 むっつりしたラースローが言った。
「そうですか」
「せっかく煎れたんだ、おまえが飲め」
「では」
 台車を持って引き返そうとした。
「ここで飲んでいけ」
 命令するのが好きな奴だ。 アリアは茶を注いだカップをラースローに渡すと、自分も注いで立ったまま口をつける。
「座って飲め!」
 アリアは一旦手をとめ、そしてカップを持ったまま床に座った。 目を見開いて自分を見るラースローがわかる。
「なぜ椅子に座らない」
「椅子が汚れます」
「あとで掃除をすれば良かろう」
「お言葉ですが、掃除をするのは私です。 ラースロー様の使用人は私ひとり。 他にもやることは山ほどあります」
「口達者なやつだ」
「いいえ、怠け者なだけです。 …それに、たまには床の上もいいもんですよ」
 アリアは床の上であぐらをかきながらお茶をすする。 と、顔を上げてまたラースローを見た。
「そうだ。 どうせお茶を飲むなら外へ行きませんか。 今日は天気もいい。 熱いお茶を持って、馬を走らせて、草の上で寝ころんで何も考えずに過ごすんです」
 ラースローの戸惑った驚いた表情が見える。
「あのあしげの馬、たまにはご主人が乗って走せなきゃ。 私もこのところ馬の面倒もろくに見てやれないし。 それに馬はもともと走るのが好きなんですから。 いい機会だ。 そうしましょう」
 ぽんと膝をうってアリアが下から笑った。
「勝手に決めるな。 それにおまえは忙しいと言ったばかりだぞ」
「明日にまわせばいいことです。 大丈夫、私のご主人は心の広いお方だから、それくらい大目にみてくれますよ」
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