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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

屋敷の中の使われない部屋は、白い布を掛けられ閉ざされた。 たった一人の主人にたった一人の使用人では、この屋敷は広すぎる。 仕事の数を減らす事が出来ないなら、量を減らすしかない。 ラースローもこの件については特に文句を言わなかった。 屋敷の事や体裁については、まったくと言っていいほど興味がないように見えた。 従僕もいなくなったので出かける事も滅多になくなり、ラースローは一日中書斎か奥の部屋にこもり、何かをしている。 食事の支度やら掃除やらでアリアも忙しい。
 呼び鈴が鳴って、アリアは庭先から書斎へと向かった。
「本に埃がたまっている。 掃除をしているのか」
 冷たい視線がアリアを捕らえた。
「いますぐ始めます」
「それから何か飲物を持ってこい。 熱いのがいい」
「はい」
「庭の枝が随分と繁って来た。 ちゃんと刈っておけ」
 そこまできて、アリアはむっとした。
「今やっていたところです 。あれもこれもと言うなら、他に使用人を雇って下さい。 このあとすぐ食事の支度をしなくてはならないんですから」
「他に雇いいれるつもりはない」
「だったら」
「だったら何だというんだ」
 どうやったらこの横柄さが無くなるだろうとアリアは真剣に思った。 食事が不味いと言っては怒り、洗濯したシャツにシミがついていたと言っては怒り、花が枯れていると言っては怒る。 決して本人はそんな事を本気で気にしているわけではない。 ただ自分をいじめる材料を探しているだけに過ぎないとアリアは思っていた。 出て行かせようとしているのかもしれない。 しかし出ていくつもりはない。
 だったら細かい事をいちいち言わないで貰いたいと言う言葉を飲み込んで
「お茶を持ってきます」
 アリアは台所へ向かった。
 書斎にラースローの姿はなかった。 奥の扉をノックする。 中から返事が聞こえて、戸を開けた。 この書斎の奥の部屋に入るのは初めてだ。 紙や瓶類や本が部屋中散乱している。散らかっていても全然平気じゃないか。とアリアは心の中で毒づく。
 茶を乗せたお盆をどこに置こうかと迷っていると、ラースローが手を離して中央にあるテーブルの端を片づけた。 茶器に茶を注いで手渡す。
 アリアはしばらく部屋の中を見回した。 棚には色とりどりの瓶が並べられ、他にも草や花、粉末状のもの、蛇やとかげの瓶詰め。 びっしりと書き込んだ紙や実験器具みたいなものが中央のテーブルに置かれている。 部屋は暗く、よろい戸が閉められたままだ。 蝋燭の炎がいたるところで揺れていた。
 いちばん近い所にある草に手を伸ばそうとしたとき、ラースローが言った。
「そいつに素手で触るとかぶれるぞ」
 思わず手を引っ込める。
「なんですか、これ。 毒?」
「のような物だ。 使い方によっては薬にもなる」
 へぇ…とまじまじとその草をみるが、アリアにはそこら辺に生えている雑草と区別がつかない。
「何をやってるんですか、ここで」
 机の上のランプの上には、どす黒いものがぐつぐつと煮えている。 かび臭い匂いが鼻をついた。
「何をやっているように見える」
 逆にラースローが聞いた。
「黒魔術…」
 口にしてからしまったと思った。 疑っている相手にそのままズバリ言う奴があるか。 どこかでそういうオリシスの声が聞こえる。
「当たって無くもない」
「え?」
「今つくっているのは、毒だ。 それも痕跡が残らない強力な。 実験台を探していたところだ」
 ニヤリと笑ったラースローの唇が異様なほど赤く見えて、アリアは一歩退いた。
「冗談だ」
 ラースローは声を出してくくくっと笑った。
「輪廻転生に興味があると言ったな」
 ラースローは一冊の本をアリアに差しだした。
「これに少し書いてある。 読むか」
 黙ってアリアは受け取った。 先ほどの恐怖がまだ残っている。 しかし、以前のことを覚えて探してくれていたのだろうか、と思うと恐怖は薄らいでいった。
「信じますか? 輪廻転生ってもの」
「さあ、わたしには経験がないからな」
「経験があったら、覚えているものなんでしょうか」
「人によるだろう。 おまえはどうだ」
「わかりません」
 ラースローは茶器を置き、どす黒い液体を火から離した。匂いを嗅ぎ、指先で味を確かめる。
 と、唐突にラースローは言った。
「おまえは誰かを探している」
仇討ちの事を言われているのかと、アリアはまたどきっとした。
「誰かって、誰です?」
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