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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ティスナの部屋に客が来た。 ミストール婦人が部屋付きの侍女達を部屋から締めだした。
 部屋を出るときのその客の好色そうな目つきが、肌にまとわりつくような感じがして、ラティアの肌が思わず粟だった。
 どうして宮廷の男達は騎士でありながら、あんなに男らしくないのだろう。 エドアルドはどうだったのだろうか。 エドアルドならこういう正装も似合うだろう。 しかし、この場はエドアルドに似合わない。 会いたい。 会わないなら会わない方がいい。
 ラティアはそんなことを回廊の手摺にもたれて思っていた。
「おや、かわいい暗殺者さん。こんなところでお会いできるとは」
 ラティアの視界にヒラリとした白い羽が動いた。
 羽根飾りの付いた帽子を取り、優雅に腰をかがめたのは、どこかで見覚えのある…。
「わたしをお忘れですか? あなたを捕らえた近衛騎士団のものですよ」
 ラティアは反射的に後ずさっていた。
「思い出していただけましたか? カルロス・モドリッチです、以後お見知りおきを」
 近衛騎士団長のカルロスは再び軽く会釈した。
 派手な巻き毛と人なつっこい笑顔。 近衛騎士団と言えば、名家の子弟しか入れないと聞いたことがある。 あのなじみの男がやけに羨ましがっていたことをラティアは思い出した。
「何もそんなに怖がらなくても。 命拾いして、わたしと再会出来たことを喜ぶべきですよ」
 自分を捕らえた男のくせに、何を言っているのだろう。 ラティアは自分がどう行動すべきか、まったく分からなくなっていた。 指先ひとつも動かせない。
「ティスナ様にお仕えすることになったと聞いて、わたしも驚いているのです。 本当に良かった。 あなたのような美しい人が処刑されるのは見るに耐えない」
 言っている言葉は軽薄なのだが、この人なつっこい笑顔が警戒心を和らげる。
「ティスナ様は今お部屋かな? どなたかお客様でも?」
 ラティアはかろうじてうなずくことができた。
「どなたがいらしているのかな?」
 ティスナの部屋に来ている貴族の名前など分かるわけもない。 小さく顔を左右に振る。  
「そうですか」
 カルロスが笑顔のまま帽子を被りなおした。 ラティアはやっと解放してもらえるのだと息を吐き出し、ふと中庭へ視線を移した。
 そこに、中庭の池に向かう小さな背中が見えた。 キアヌである。 ぼんやり池を眺めている。 ここには他の貴族の子弟もいるというのに、この子どもはひとりでいることの方が多そうだ。 それに侍女や侍従はどうしたのだ。
 その時、池のほとりの茂みのなかから手が突き出た。 手はキアヌの背中に伸びたのを見た。
「キアヌ様!」
 ラティアは思わずキアヌの名を呼んでいた。 キアヌが振り返るのと同時に、手は慌てて引っ込み、微かな音を立てて遠ざかったようだった。
 カルロスは「失礼」と一言ラティアに告げると、茂みの向こうを追いかけるように身を翻した。
 ラティアもキアヌのそばに歩み寄り、軽く膝をついた。
「ああ、こないだの…」
 キアヌはラティアの顔を覚えていたようだ。
「何をしているんですか」
 背後を気にしながらラティアはぎこちない笑みを浮かべて言った。 あの手の袖口は、貴族の衣装のようだった。 キアヌに用があったのなら、慌てて立ち去るはずがない。 目の前の池の深さを測りながら、ラティアの背に悪寒が走った。 近衛のカルロスという隊長が相手を突き止めてくれればいいのだが。
「うん…。池を見ていた」
「ひとりでいるのはよくありませんよ」
 黙ってまた池に目を落とすキアヌ。
「咎めているんじゃないんです。その、」
「うん。 わかっている。 ぼくはあんまり、みんなから好かれてないみたいだから」
 この子はどこまで自分の状況を知っているのだろう。 そういう自分もよく知っているわけではないが。
「好かれていないなんて、そんなことはないわ。 王子は他の人とは立場が違うからそう感じるだけ」
「ありがとう」
 キアヌはにっこり笑ってみせた。 どこにでもいる普通の子供の笑顔だった。

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