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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ラジールが見つかった。 しかし、生きてはいなかった。 町へ向かう道筋からすこしはずれた川に浮いていたのだ。 遺体はすでに腐乱しており、荷物のなかにあった数冊の本のサインで、ラースロー家のものかと問い合わせがあったのだ。 身元を確認に行った家令とアリアが、そのまま遺体を引き取って帰った。
 衣服の乱れもなく、外傷もなく、荷も荒らされてはいない。 完全な事故死とのことだった。 しかし、屋敷の者達の動揺は大きい。 まだ物取りに殺されたほうがありがたかった。 誰もがあの人形の存在を忘れてはいないのだ。
 水を含んで生前の影もないラジールの遺体に、ラースローは一瞥をくれただけだった。
 そして荷物の中から本を取り出して中身を確認する。
 冷たい人間だとアリアは思った。 一時にしろ自分の食事の給仕をした人間ではないか。 盗みをしたにしても、もっと悼んでもいいのではないか。
「墓をつくってもいいですか」
 アリアはラースローの冷たい背中に言っていた。
「好きにしろ」
 ラースローはそう言っただけだった。
 教会に事情を話し墓地を分けてもらう。 板で作っただけの十字架に野の花をそえた。 この作業に手伝う者はいなかった。 誰も気味悪がって遺体に近づこうとはしないのだ。 ひとりの坊主だけが祈りの言葉をかけてくれた。

 呪詛による死ではない、と思いながらもアリアは自分にも打つけられていた人形の存在を無視出来なくなっていた。
 屋敷の使用人達の数が日に日に減っていった。
「このままではひとりもいなくなってしまいます」
 家令がラースローに進言している。
 アリアは庭の手入れから戻ってきたばかりだ。 そのあとすぐに寝室の掃除を始めなければならない。 減った使用人達の仕事がアリアの所に集中した。 もちろんそう命じたのはラースローだ。
 朝は馬屋の仕事から、食事の給仕、洗濯、食器みがき、庭草の除草、池の掃除、屋敷内の掃除、書室の整理とまだ終わっていない清書。 一日が倍の時間があっても足りない。 買い出しにも行かなくてはならないが、その余裕がとれない。 あれからオリシスたちとの連絡は途絶えている。
 掃除に入る前に、ラースローに書室にいつもの茶を持ってくるように命じられていた。 そして家令との会話がアリアの耳にも入ったのだ。
「出て行きたいやつは出ていかせろ。 ついでにおまえも出ていったらどうだ」
 書き物をしているラースローが、視線さえも上げずに言った。
 家令は一瞬怯んだようだが、すぐに持ち直して
「私はこの屋敷を管理する責任があります」
と言った。
「監視する、の間違いだろう。 だがわたしには必要のない人間だ。 これ以上荒らされたくはない。 代わりならいつでも喜んで紹介してくれるところがある」
「ラースロー様…!」
 家令の表情がわなわなと震えていた。
「この始末、伯爵様にしかと報告いたしますぞ」
「好きにするがいい。 ついでに言ったらどうだ? あんたのほしがっているものは見つからなかったと。 それともおまえで実証してやろうか」 
 家令の表情は面白いほど青く変色していった。 話を斜めに聞いていたアリアは、内容がわからずとも、この成り行きに全身で受け止めていた。 家令はきっとオレアルの手先だったのだ。 あの日、いやあの日に限らず、家令はラースローを探っていた。 なんの目的なのかはわからない。 しかしラースローの方ではわかっていたのだ。 そしてそれを疎ましいと思っていた。 ここにきてラースローは家令、いやオレアルに対して反乱を起こしたのかも知れない。 そう思うとラースローに対して拍手を送りたい気にアリアはなった。
 言葉をなくしたまま家令は去っていった。 ラースローは味わうようにアリアのいれた茶を飲むと、やさしく冷たい微笑みで言った。
「さあ、これこの屋敷にはわたしとおまえしか残るまい。 どうする? おまえも出て行くか?」
 アリアはラースローの瞳を見た。 人に邪魔はされたくはない。 だがひとりになるのは…。
「私は、まだ解雇されたわけでは、…ありませんから」

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