夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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「アリア。 支度はどうだ?」
 小ぢんまりした台所で、テーブルの上に広げた食料や水などを仕分けしていたアリアは、戸口に立つエドアルドを振り返りもせず、黙々と手を動かしていた。
「アリア?」
それでもアリアは答えない。 エドアルドはアリアの正面に回り込んで顔をのぞき込んだ。 が、泣いていないのを確認すると、ほっと息を漏らした。
 アリアは、手際よく干し肉を薄紙に包み皮袋に詰め込んでいる。 小麦粉も二重に袋に入れて口を縛る。  
 こうして徐々に皮袋は膨らんでいった。

「兄上…」
と、突然アリアがボソリと呟いた。 ワインを羊の皮袋に移し換えるのを手伝っていたエドアルドは、沈黙を破ったアリアの声に驚き、危うくワインの壺を落としそうになった。
「ど、どうした?」
「うん…、髪の毛、切った方がいいか?」
 エドアルドはアリアの顔をまじまじと見た。 この状況でこの妹の態度は何なのだろう。 落ち込んでいる訳でもなく、悲しんでいるわけでもなく、かといってもちろん楽しんでいる訳ではないが、淡々と荷造りをしている妹はエドアルドにとって理解しがたいものだった。
 以前から思っていてはいたが、アリアは感情を別の態度で隠してしまう傾向があり、このときもその表れであるようにも思うのだが、しばしば戸惑う事がエドアルドにはあった。
「髪の毛が、どうしたって?」
かろうじて落とさずにすんだワインの壺を抱えてエドアルドはアリアに聞き返した。
「うん、切った方がもっと男らしく見えるかと思ってな」
 アリアは肩胛骨まで伸ばしたる癖のあるの赤い褐色の髪を、皮紐でひとつに束ねている。 素朴なブラウスの上にベージュのベスト、ズボンをはき、長靴を皮紐で結び、外套を羽織っている姿は、何処から見ても若い男にしか見えない。

 これは今、特別にしてる格好ではない。 何年も前からアリアはエドアルドの小さくなった古着を着るようになっていた。 化粧もせずドレスを着る事もなく、洋裁や料理や作法よりもエドアルドと一緒に剣や石弓を持っては野や山に出歩いていた。
 そんな妹の姿を見慣れているエドアルドにとって、今更男に見えるもなにもないのだが、これから旅に出るにあたり、より男に見えた方がいいと思うアリアの気持ちがわからないでもなかった。

「それで髪を短くしたら、男というよりはガキに見えるぞ」
 エドアルドがそう言うと、アリアはこの日初めて兄の顔を上目使いに見上げ、ムッとふくれた。
 今年19歳になるアリアは年の割には細身で、女性特有の丸みがない。 剣で鍛えた体は均整がとれており、まだ成長過程の少年のイメージがある。 濃い眉や切れ長の瞳、薄い唇と引き締まった顎がそれをさらに強調させていた。
 深みのある茶色の瞳に睨まれて、エドアルドはますますその感を否めずにはいられなかった。
「兄上だって、とても25歳には見えぬぞ」
「なんだと?」
 兄妹ということもあり、エドアルドもアリアに似た容姿をしてる。 赤い髪は短く刈ってはいるものの、元来の癖毛であちこちにはねている。 背だけはアリアより20㎝高いが、広い肩幅をのぞいてはアリアと似たりよったりの体格だ。
「ああ、早くしないと夜が明けてしまう」
 アリアは手早く荷造りし終えた。

 夜明け前にこの家を出なければならない。

 それがさしあたってのエドアルド兄妹のしなければならない仕事だった。
 初夏の夜は短い。だが東の空が白み始めても空気はひんやりと冷たく、霧があたりをうっすらと覆っていた。 人も動物も木々の緑も点々と建つ家の屋根までもが、まだ眠りをむさぼっているようだ。 何事が起きるのかと落ちつかない様子の馬達を宥めすかして鞍をつけ、荷を乗せる。足元を濡らす露草が、しっとりとやさしく足音を消してくれる。
 アリアは家の戸に鍵を締め再び馬の所に戻ると、明かりの消えた家を振り返った。
 切妻屋根のあの窓がアリアの部屋だった。三部屋に父の書斎、食堂兼台所しかないの農家づくりの小さなこの家に長く住んだ訳ではないが、それなりに思い出深いものがある。 父がいて兄がいて、静かで落ちついた生活があった。
 山があり、森や湖があり、狩をして魚を釣り、小さな畑で野菜をつくり、食べて行けるぐらいの蓄えもあり、たぶんこのままここで生涯を過ごすのだろうと思っていた。
 だが、それはこの体を取り巻く霧のように、儚い幻のようなものであるとどこかでアリアは思っていた。 だからこうして、もう戻らないであろうわが家を見ても特段な感情がわき起こらないのかもしれない。
『しょうがないよな』
心の中でそう呟くと、アリアは兄に続いて馬にまたがった。
「行くぞ」
 エドアルドが馬の腹を蹴って、進みだした。
 アリアの馬が自然にそれに続く。
 エタニア国の西、カンタリア領から丸一日離れた農村。 ここからタニアに向かうにはまずカンタリア領に入らなければならない。 そして、その行程に二人には暗黙の了解があった。
 カンタリア領内の教会墓地。
 教会の小者も起き出さないぐらいの早朝、アリアは途中で摘んだ白いマーガレットを一つの墓標の前に添えた。
「母上」
 エドアルドが肩膝をついて、胸に十字を切った。
 一歩引いてアリアは立ったまま墓標を見つめた。  
 エドアルド兄妹の母親がこの世を去って8年。アリアが母の墓を訪れたのはこれが初めてだ。
 父やエドアルドは時折母の墓を訪れてはいたが、アリアは嫌がり、父親もそれを強要したりはしなかった。
 本来なら父親もこの墓地に眠るはずだった。もしかしたら自分たちももうこの場所には訪れることができないかもしれない。ひとりきりになってしまう母に、アリアは心底申し訳ないと思った。 父の死はアリアやエドアルドの全く知らないところで起こったことだ。しかし、母が死んだときにこの家の運命が狂ってしまったのだ。
 エドアルドは立ち上がりアリアを見て、口元に笑みをつくった。母に何を祈ったのかアリアにはわからなかい。しかしアリアもエドアルドにぎこちない微笑みで答えた。
 
 ここからどこへ行こうとしてるのか、アリアにもエドアルドにも漠然としか掴めないでいた。
 わかっているのは、父の仇を討つ事だけ。
 しかし、それがどんな相手なのかはわからないのだ。
 街道に出る頃、山の稜線から朝日が差し込んだ。 霧がだんだんと晴れてきている。朝もやのなかに浮かぶ一本の道。タニアに向かう街道。この道を進むことだけが、エドアルド達に与えられたたったひとつの選択支のように思えた。霧が晴れればさらにその向こうまで見えるかも知れない。 希望といえるのは、そんなささやかなものしか二人にはなかった。
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どうも、拝見しました。
人のやりとりとかいいですね~。
雰囲気伝わってきます。
今日も丁寧な作業ご苦労様です。

そうそう。HP作りました。
ブログに掲載していた小説の方、そちらに移動しました。
画像掲示板などもありますので、遊びに来てやってください。
HPのほうはうちのブログから飛べますので。

それではまた来ます。
更新楽しみにしています~。

2006.06.24 01:48 URL | バナナチップボーイ #- [ 編集 ]

バナナチップボーイさん、いつもありがとうございます。 
いままでのペースだとこの話、何年かかるかわからないので、ピッチを上げるよう努力を始めました。
HPの方へまたあそびに行きます。

2006.06.25 14:39 URL | 武久縞 #- [ 編集 ]













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