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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 厩の隣の物置小屋に目をつけたアリアは、まず木箱の簡易ベットを造った。 屋敷の中の使用人部屋は三人部屋だ。 朝早く起きるのに皆を起こしてしまうからと、適当な理由を作り上げて物置に部屋を貰ったのだ。 ネズミや虫が出てきそうだが、男達との同居に比べたら天地ほどの差がある。 夏の間だけなら壁の隙間も気にならない。
 寝床が出来たところで屋敷に戻った。 もうひとつの仕事場を聞く。1階の居間の奥にある、北側の部屋だ。 重い扉を開けると、高い天井が見えた。 その壁には隙間がないほど棚が造りつけてあった。 床は床で、いろんな本が積み重ねてある。 本と言っても紙で出来たものより、羊皮で出来たものが多い。 古い文献なのだろう。
「その赤い表紙の本を渡せ」
 アリアの頭上で声がした。 振り向いて見上げると、梯子に乗った男が手を出している。 慌てて床にある赤い表紙の本を手に取って、男の手に渡した。
 男はアリアから本をもぎ取ると、棚へと移す。 綿のシャツと地味な色のズボンを着た男は若い。 淡い胡桃色の髪。 細い手首。 男がまた振り向いて、
「そこの束だ」
 と言った。 男の冷たい眼差しを見て、アリアはあっと小さく声をあげた。
「あんた…、あんたもここで働いてるのか?」
 タニアの郊外で助けた、落馬したあのやたらに綺麗な顔立ちの男だった。
「早く取れ」
 慌てて床から拾い上げて手渡す。 両手で受け取り、アリアの問いを無視して戸棚に向きなおる男。
「足と肩はもういいのか?」
 それでも黙っている。 人違いだろうか。 ならばそう言うだろう。
「あのとき、頭も打ったのか? 忘れたにしては本のことは詳しそうだ」
 男はじろりとアリアを睨む。 あのときと変わらない表情。 だが別れる時は和やかだったはずだ。
 そのとき扉が開いて、家令が入ってきた。
「やはりここでしたか」
 男を見上げて家令が言う。 そしてアリアに向かった。
「なんでおまえがここにいる」
 先ほどの一件が苦々しいのか、声に刺がある。
「自分の仕事場所を見ておこうと思ったんです」
 アリアの答などはなから聞く気はないらしく、痩せた中年の家令は男に用件を言い始めた。
「ご返事をすぐに」
「いま忙しい」
「しかし…」
「うるさい」
「わかりました。 ではわたしが代わりに返事をいたしましょう。 もちろんご出席でございますね。 お断りになるはずがございますまい」
 王宮、夏の宮の開催の宴の招待についてである。
 アリアは家令と男を交互に見た。 この屋敷の使用人の長である家令が敬語使う相手。
「それから、この者は今日新しく入ったアーリアンと申す者です。 馬の世話と、ここの管理をまかせました」
 そう言われてアリアは思わずペコンと頭を下げた。 家令は足早に出て行く。 男は苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。
「もしかして、あんたがラースロー…様」
「だとしたら、どうだというのだ」
「どうってことはないけど…、びっくりした」
 つい、会ったときの言葉使いが出て、慌てて言い直した。
「失礼しました」
「ふん」
 ラースローは梯子から下り、手をはたいた。
「すごい本ですね。 まるで引っ越しのような」
 夏の間だけの量とは思えない。 書室の飾りにしては種類が多岐にわたっている。
「あとはおまえがやれ。 今日中に片づけろ」
 ラースローは袖のリボンを締めながら、奥の部屋へと歩いて行った。 神経質そうな性格は元来のものなのか、ラースローの眉間はしわがよったままだ。
「せっかくのきれいな顔が、あれじゃあ台無しだ」
と呟く声が聞こえたのか、ラースローはいきなりアリアを振り向いた。
「アーリアンと言ったな。面白い顔をしている。 この先が楽しみだ」
 初めて見せる笑顔は、明らかに冷笑の類のものだ。 アリアはその笑いに戸惑いながらも言葉の意味を考えた。
『面白い…? 誰だってあんな顔と比べたら道化に見えるさ』
 ラースローの姿はもうなかった。 アリアは腰に手をあてて床に積もれた本の山を眺める。
「今日中だって? まったくタチが悪いったら」
 しゃがみ込んでひとつを取り上げた。 哲学書。 こむずかしい本を読んでいる。
 眺めていてもしょうがない。 と分類事に適当に棚に放り込む。 後で何か言われるかも知れないが、気にしていたら今日中には終わらない。
 しかし、アリアと思う。
 あのときの線の細い男がラースローとは。
 意表をつかれた。 父の仇であるかも知れないのに、親しみを覚えてしまったことに舌打ちをする。 騎士というより学者肌に見える。 クレメンテの神学校を出たと言うのも納得できる。 出てからも学ぶ事はやめなかったのだろう。 それにあの容姿。 顔かたちだけを見れば確かにもてるのだろうが、あの性格では真実かどうかはわからない。
「まあ、わがままな女もそれなりにもてるからな」
 気になるのはあの家令の態度だ。 自分の主人に対しては随分威圧的だ。 言葉遣いは丁寧だが、はしばしに有無を言わせないものがある。なにしろ初対面のアリアに馬をねだるようなやつだ。 オレアルの屋敷にいる間もあんな扱いをうけていたのだとしたら、ひねた性格になるのも無理はない。
 そんなことを考えながら、アリアは台所で食事をする以外は書室に篭もり、一晩かかって本を整理した。 途中、呪詛に関する書物を探したが、それらしいものは見つからなかった。 歴史と哲学、語学、貿易経済、戦記物、医学、アリアのわからない文字で書かれた物。 これでは何が手がかりなのかもさっぱり分からない。 アリアはこの屋敷に来て二度目の深いため息をついた。
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