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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 オリシスはアリアを連れコーツウェルの街を三日歩いた。 一通り街路を教え込む。 あとは郊外の貴族達の館だけだ。 しかしその領地は農民若しくは通行証がなければ入る事はできない。 位置関係だけは地図ですでに説明している。
 アリアは、ワイナー候の知人の騎士の家に雇われていた家令の甥、という経歴でラースローの屋敷に乗り込む予定となっている。 その叔父も自分の家族も既に亡く、最近勤めていた商家も主人の死により代が変わり、解雇となった。 名前はアーリアン。 そういう設定だ。
「大剣を持っているのはまずいな。 毛布にくるみベットの下にでも隠しておけ」
 そう言ってオリシスは細い包みをアリアに手渡した。
「宿に帰ってからあけろよ。 普段はそれを身につけていろ」
 大きさのわりにはずっしりと重い。 短剣である事はアリアにもすぐにわかった。
「接近戦の経験はないな。役に立つ事があるのか…」
 呟くアリア。
「それを使ったら最期、逃げ出してこい。 いざというときの保険だが、二度は効かない」
 アリアは頷いて、包みを懐に押し込んだ。
 
 馬をゆっくり歩ませる。 のどかな田園風景と緩やかな丘の間の道には、アリア以外の人影はない。 まだ朝の早い時間だ。 向こうの畑には農夫達が見えるが、その影は顔も見えないくらい遠い。
 朝の空気をアリアは胸に吸い込んだ。
 これから始まることに多少の緊張があった。
 無駄足になるかもしれないし、うまく証拠がつかめるかもしれない。
 宿に居る間、エドアルドはコーツウェルに着かなかった。 何かあったのだろうか。 しかしオリシスがいる。 連絡はとれるのだ。 うまくいくと信じるしかない。
「考えるさ、ちゃんと。 自分の将来を」
 とアリアは呟いて大きく息を吐きだした。
 進む左手の丘に塔が見えた。 次第に姿を現していく。 アリアは馬を止めてその屋敷を眺めた。
 古びてはいるが、品のいい石造りの屋敷だった。 壮麗さはなく、別荘とも地方の砦とも言え無くはない造りである。 道は屋敷のまえの回転広場で止まっている。
 これがラースローの屋敷なのだ。
 アリアは愛馬セレスの手綱を緩めて、屋敷に向かってまた進み始めた。

「そこで待っていろ」
 家令とおぼしき人物がアリアの持ってきた紹介状を受け取ると、一旦姿を消した。
 台所のテーブルで待たされる。 幾人かの女達が、アリアを横目で見ながら朝の支度をしている。 若い女もいれば、アリアの祖母ぐらいの女もいる。 が、どの女もどこかよそよそしい感じがあった。 自分の恰好がおかしいのだろうか。 それとも年令や性別のごまかしがばれているのだろうか。 と、己の姿を見るが、アリア自身にはわからない。 娼館でさえ隠し通せたのだと自分に言い聞かせる。 
 家令が戻ってきて、アリアを別の部屋に連れていった。
「今ラースロー様は、お忙しく手が離せない、とのことだ。 おまえは字が書けるか?」
 字を知らない方がいいのか? とも思ったが、商家に奉公していたとなれば、字ぐらい知っていることにしておいた方が自然だろうと、アリアは返事をした。
「では、書室の整理と掃除、それから朝は馬の世話をやってもらう」
 書室に入れるのは願ってもないことだった。 ところで、と家令は続ける。
「あれはおまえの馬か?」
「ええ、前の所で解雇される時に戴いたんで…」
「なかなかいい馬だ。 どうだ、おれに譲らないか?」
 譲ればここでの仕事はやりやすくなるだろう。 しかし譲る気などアリアには毛頭無かった。こんな時、オリシスならどうするだろう。
「かまいませんけど、あの馬、前のご主人を振り落としたんですよ。 そればかりか落馬した主人を後ろ足で蹴りあげて。 あのときの怪我が元で亡くなられました。 処分するところを私が貰い受けたんです。 ときどき暴走する事もあるんですが、試しに乗ってみますか?」
 家令は一瞬引いたが、それでも諦めきれないと見えて、乗ってみると言った。
 荷物を下ろしながら、アリアはセレスに囁いた。
「ちょっとがまんしてくれよ」
 セレスは生まれてからアリア以外を乗せた事はない。 家令が自分に触るのを、鼻息を荒くして嫌がった。 家令はなんとか鞍に跨ると手荒に手綱を引いて言う事をきかせようとする。
 その隙にアリアは小枝を折り、それをセレスの尻に刺した。
 セレスはひときわ高く嘶き、後ろ足に立って家令を振り落とそうとする。
「うわーっ。 やめろ、とめろ、とめてくれっ!」
 アリアはニヤリと笑ってからセレスの前にまわり、手綱を取った。
「よーしよし。 大丈夫、もう大丈夫だ」 
 落ちついたセレスの背からころげ落ちるように家令が下りた。
「わかった、もういい」
と言うのがやっとか、早足で屋敷の中に入って行った。
「ごめんよ、悪かったな」
 馬の首筋を軽く叩いてやり、手綱を引いて厩に連れて行った。藁で体を拭いてやる。 セレスはもう落ちついて、飼い葉桶から水を飲んでいた。
 あの家令と、台所の女達の態度はどうしたものだろうか。 先を思いやって、アリアは短いため息をついた。
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