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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 焚火は小さな火をともしている。 まだ真夏にはならないこの時期の北の地の夜は、さすがに冷えた。 林の中の小さな小川のほとりに、オリシスとアリアは今晩の寝床をつくった。
 オリシスは寝転がって夜空を見上げている。 煙が立ちのぼり、その切れ間に星が瞬いている。 アリアは小枝で火をかき混ぜた。 パチっと音をたてて木片が崩れる。

「アリア」
 そのままの姿勢でオリシスが声をかけた。
「おまえさ、なんか希望とかないのか? こういう風に生きたい、とかさ」
 突然の訳のわからない質問だったが、アリアは焚火に目を戻して答えた。
「ない。 あるわけないだろう。 今は父の仇をうつ事だけが目標だ。 失敗したらそれで終わりだし、成功しても口封じってこともあるからな。 ただで殺られたくはないが、先の事を楽観視するほどお気楽な性格じゃない」
 オリシスは寝返りをうってアリアの方を向いた。
「姿だけじゃなく性格までエドの真似をする事はないだろう。 じゃあ、もし、だ。 もし仮にこれが成功して、だ。 王太子殿下より恩賞を賜るとしたら何を望む」
「父の汚名を雪ぐ事だ」
「他には?」
「ない」
 オリシスはまじめなアリアの横顔を見てため息をついた。
「おまえ、もうちょっと自分の将来を考えたらどうだ」
「そういうことはエドに言ってくれ」
「一生エドにくっついてまわる気か? あいつが結婚したらどうする」
「ひとりで生きる」
 あくまでもかたくななアリアの態度に、オリシスは苛立ちを隠しきれず、起きあがって言った。
「おまえ、それでいいのか? この世に生まれて、他に望む事はないのか? なぜあきらめてしまう。 なぜ手にいれようとはしないんだ」
 アリアはオリシスの言葉を噛みしめた。 表情は変えない。 赤くなった小枝の先をじっと見つめる。 
 自分はあきらめてしまったのだろうか。 いや、あきらめるほどの何かを、自分は持っているのだろうか。 オリシスのことは、はなから望んではいない。 この貴重な時間はこういう状況でなければつくり得ないのだ。
「望む事なんか、自分に関してはなにもない。 …自分の将来は、その時になったら考える」
 アリアの答えにオリシスは落胆を隠した。
「本当だな。 その時がきたら、考えるんだな」
「ちゃんとくればな」
 オリシスはあぐらをかいて、アリアの手にある小枝を取った。
「おれにまかせろ。 何のための侯爵家だと思ってるんだ」
 アリアはオリシスを見て、小さく笑った。
「お主の将来は何だ、オリシス。 やっぱり家を継ぐんだろう?」
 オリシスは小枝の先を折って焚火に投げ入れた。
「…おれは家なんてどうでもいい。 親父にはほかに庶子もいるからな。 …おれは、欲しいものがたったひとつだけある。 それが手に入れば、あとは何もいらない」
 何なのだろうか、オリシスの求めるたったひとつのものとは。しかしそれはアリアには聞けなかった。
「そんな小さな事でいいのか? 人には大きな事を言っておいて」
「別に小さくはないぞ。 案外これが難しい」
 そうかもしれない。 アリアは口元を歪めた。 しがらみを全て捨てて、たったひとつのものを求めることがどんなに困難なことか。
「昔の事を覚えているか? 生まれる前の事」
 オリシスはまた訳のわからないことを言った。
「覚えているわけないだろう。 …それって、前世ってやつか?」
 アリアは昔オリシスが話してくれた、生まれ変わりの伝説の話を思い出した。
「…ああ…」
「オリシスは覚えているのか?」
「……さあ、どうだろう。 覚えているかも知れないし、ただの思いこみかも知れない」
 オリシスにもそんな記憶があるのか? だとしたら前世とは本当にあるのだろうか。 アリアは黙ってオリシスの言葉の続きを聞いた。
「ただ何かを失くして途方にくれた事は覚えているような気がする。 …いや、おれが先に死んだんだ。 死にはしないと約束したのに。 今度こそはと思うが、結果はいつも同じだ。あいつがひとり生き残る」
 アリアは膝を抱き寄せた。オリシスがそう約束した相手。 オリシスが『あいつ』と呼ぶ…。
「それがお主の求めているものなのか。それをオリシスは、ここで見つけたんだな」
「…ああ」
「叶うと、いいな」
 アリアは微笑んで言った。
 オリシスはアリアの笑みの真意を測ったが、あまりにも完璧な微笑みにに閉ざされた心を読みとる事はできなかった。
 不意にアリアが話し始めた。
「私は、夢を見る。 どこか遠くの草原のようであり、また大海原のようでもある場所で、場面はいつも違うんだが、誰かがいつもそばにいてくれる夢を。 背中や髪の形や、声まではっきりしているのに、目が覚めるととたんに思い出せなくなるんだ。 でも夢の中では自分が幸福だった事だけは覚えている。 安心して前だけを見ていられる、そんな夢だ」
 アリアは独り言のように呟いた。 夢の事を人に話したのは、これが初めてだった。
「もし、これが私の前世なのだとしたら、世の中もそう捨てたもんじゃないな」
 そう言って口元に笑みを浮かべるアリアをオリシスは見つめた。 アリアに触れたい衝動を、小枝を握りしめる事でかろうじて押さえた。
『ああ、そうだな』
 大きく息を吸って、吐いた。 この世は捨てたもんじゃない。 こうして、また出会えた。
「おまえ、この仕事、自分のためだと思えよ。 生きるためでも幸せになるためでもいい。 エドや親父さんのことより、自分のためだと思って成功させろ。 おれはどんな事でも協力する」
 いつになくよく喋るオリシスを変だと思ったが、アリアは素直に頷いた。
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