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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 夜は宿場で宿を取った。
 タニアを出てからまだ野宿はしていない。 思えば、あの家を出てから、いや生まれてからまだ屋根の無いところで寝た事はアリアはなかった。 だが、ここが一番安心して眠れる場所というものをアリアはここ何年も見つける事はなかった。 安心できたのは、母がいたあのカンタリアの屋敷だけだ。 だから他のどの場所も、野宿だろうと牢屋だろうと大した差は無いに違いない。

「どういうことだよ」
 宿屋の宿帳を前にアリアはオリシスに言った。 部屋がふたつ取れなかったのである。 
「仕方がないだろう。 この時期、コーツウェルへ流れる人間は多い。 余分な部屋が空いてないんだから」
 オリシスが説明をする。
「今まではちゃんと取れたじゃないか」
「わがままを言うな。 だいたいおれたちは男同士なんだ。 別に部屋を取ること自体変な目で見られる。 別々の部屋がほしけりゃ娼館にでも行けと言われたんだぜ」
「しょ…」
 アリアは目をしばたいた。
 ついこないだまで自分達はそう言う場所にいた。 しかし、アリアにはその場所はあまりにも関係がない。
「ベットはちゃんとふたつあるんだ、文句を言うな」
だからといっても…。
 オリシスは荷物を持ってずんずん階上へ向かって行く。
「狭い部屋だな」
 部屋に入ってアリアは呟いた。
「贅沢言える立場と思っているのか?」
 戸口ぎわのベットに荷物をほおり投げてオリシスは大の字に寝ころんだ。
「あー、疲れた」
 と、そのまま寝息をたてる。
「まったく…」
 ブーツを脱いで、水差しから水を汲み、洗面器で顔を洗い足を洗う。 そしてアリアも窓側のベットで眠りについた。

 誰かが起きあがる気配がした。
 反射的にアリアは目を覚まし、傍らの剣を引き寄せた。
「オリシス?」
 オリシスは唇に人差し指をあてていた。視線は戸口に向いており、右手には剣の鞘を握っている。
「!」
 アリアは急いで起き上がり、物音を立てぬように靴をはいた。 おいたままの荷物を肩に担ぐ。
 ドアの向こうで、微かだが人の近づく気配がする。その気配がアリアたちの部屋の前で止まった。
 オリシスが目でアリアを促した。 うなづいて、アリアは窓から外を覗く。 月明かりで辺りは思ったより明るい。 人影はないようだ。 アリアは首だけ振り返ってもう一度頷いた。 窓を開ける。
 が、オリシスの取った行動はアリアの期待を裏切った。
 オリシスは小さな筒を取り出すと、火をつけて床にころがした。 筒は、いったいどこからと言うほど大量の煙を吐き出し始めたのだ。
「ゴホゴホッ。 なんだ、これは」
 袖でアリアは鼻と口を押さえる。
 瞬く間に部屋中に煙が充満した。 窓が開いているものの、それだけではまだまだ換気には足りていない。
 オリシスは頃合を見計らって、勢いよくドアを開けた。 煙はドアから廊下へと流れ出る。 
「火事だーっ。 逃げろ!」
 オリシスは大声で叫び、むせているアリアが抱える荷物を引いて、廊下に飛び出した。 途中誰かを突き飛ばし、火事だ火事だと叫びながら階段へと走る。 各部屋から他の宿泊客が何事だと顔を出している。 煙で良くは見えないが、騒ぎ立ててそのまま逃げるもののいれば一旦荷物を取りに戻るものもいるようだ。
 あっと言う間に宿屋全体が大騒ぎとなり、その中をオリシス達はなんなく馬屋にたどりつき、まだ明けない夜の中を走り抜けていた。
「追手は?」
「大丈夫のようだ」

 明け方、ようやく馬を止めて、川の水で喉を潤す。 落ちついたアリアが草むらに腰を落とした。
「はーっ」
「どうした、ため息ついて」
どうしたもこうしたもない。 とアリアは思う。
「なんだよ、あの煙は」
「ああ、あれか。 いいだろう? まだあるぜ」
「はじめに言ってれれば、私だってそれなりに対応できたのに。 どうしてお主はそう勝手な事を繰り返す。 何にも知らない私は戸惑うばかりだ。 いい加減疲れた」
寝っころがってついと横を向く。
 その姿にオリシスは苦笑する。 オリシスも寝転がり、白みかけた空を見た。
「ここでしばらく休もう」
 えっ? とアリアは上半身を起こした。
「休んでたら、あいつらに追いつかれるぞ」
「いいんだ。 そのためなんだから。 やつらをここで迎え討つ」
 宿で煙幕を使ったのは、そもそもこれが目的だったのだとオリシスは言った。 宿屋では二人とも顔を覚えられている。 彼らの死体があって自分達のがなければ、コーツウェルでの活動がしにくくなる。 その点、街道からはずれたこの場なら死体も見つかりにくい。 途中には彼らにはわかるであろう足跡も残しておいた。
「おまえだって言ったじゃないか。 もう少し引きつけようって」
「そうだが…」
 ここで迎え討つ。 そうとなるとのんびり休んではいられるわけがない。 手にじっとりと汗が滲む。
「休めよ。 体がもたないぞ」
「そんな事言ったってな」
「何も知らないからいい加減疲れたって言ってたのはどこのどいつだ」
「あ…、」
 そう言う事だったのか。 なるほど自分は芝居が出来るほど肝は座っていない。 アリアはオリシスの顔を見た。 オリシスは笑っている。 余裕たっぷりのオリシスの態度にはちょっと腹も立つが、この余裕が逆に安心に変わるのもアリアは気づいていた。
「寝る」
アリアはまた横を向いて目をつむった。
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