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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ラティアは窓にもたれて街の明かりを眺めていた。 アリアが去り、そして今日、エドアルドが去った。 エドアルドは最後まで自分を見ようとはしなかった。
「人知れず、勿忘草よ…か」
古い唄を口ずさむ。
 会いたいと思って思い続けた人に、ようやく会えたのだ。 それだけで充分ではないか。 もともと話ができる相手ではないのだ。 人違いだとは思わなかった。 あの瞳、あの声、忘れるわけがない。

 傲岸な貴族に連れて行かれそうになった時、ラティアはまだ10歳だった。 何のために自分が連れて行かれるのかわかっていたし、貴族とは多かれ少なかれどれも皆同じ様な人種だった。 まるで自分達がいなければ、おまえたちなど生きていられるわけがないといわんばかりの態度をとる。 貴族がいようといまいと、政権が誰の手に渡ろうと、自分達農民や平民にとってはまるっきり関係のないのに。
 祖母は泣いてすがっていたが、自分の身を案じていたのではなく、いずれ成長した自分を金持ちの妾にでもして、たっぷり金をせしめようという思惑が崩れるのを嘆いていただけにすぎない。 その祖母の思惑をつぶしてやるのもいいと思っていた。
 しかし、その手を止めた者がいた。 まだあどけない面影を残した赤い髪の少年だった。 鎧をまとい、貴族達より身汚い恰好をしていたが、物腰や喋り方はやはり貴族のものに思えた。 しらないうちに貴族達はいなくなっていた。 家が焼ける匂いがして、赤い髪の少年はそれを消そうと必死に水を掛けたりマントではたいたりしていた。 そしてすすけた顔でにっこり笑って言った。
「大丈夫。 もう、こわがることはないよ」
 恐がってなんかいないのに、何を言っているんだろうと思ったが、自分の足が震えていた事に初めて気がついた。
「どうあがいたって、あたしの運命はこうなるって神様が決めてしまったのよ」
 両親が死んでからなにもいいことはなかった。 この先だってなにも期待はしていない。 そう言ったが、足が震えていたように強がりだったのかもしれない。
「ちがうよ。 神はね、戦争や厄災や貧しさや、そういう自分をとりまく大きな流れから自由にしてくれる存在なんだよ」
「自由?」
今から思えば、あれは精神的な自由のことを言っていたのだろうとラティアは思う。
「もちろん自分で切り開いたっていい。 運命というものがあったとしても、それに従わなけれならないことはない」
 おぼっちゃんなことを言う、とラティアは思った。 だが、今までそんな事を言ってくれた人はいない。 少年の微笑みが、ラティアの中に残った。
 3年後に祖父が死に、生活はもっとひどくなった。 ラティアが成長するのを待てなくなった祖母は、ラティアを商家に売る手筈を整え始めた。だが、ラティアはあの言葉を忘れなかった。 囲われるぐらいなら、自分で働く。 一生外に出られない生活より、もう一度あの少年を探したい。 ならば、可能性のあるタニアに行こう。 祖母にはまとまった金を渡した。 タニアから来た人買いに娼館行く事を条件に自分を売ったのだ。 もう祖母とはなんの縁もない。 あとは自分次第だ。 あのとき言えなかった言葉を、あの少年に言うために。
 しかし結局何も言えなかった。エドアルドは自分の素性を隠しているようだったし、もしかしたら昔助けたちっぽけな少女のことなど、忘れてしまっているのかも知れない。 それならまだ救いはある。
 だが、エドアルドはわざと自分を避けているようにも思えた。 覚えていながら避けられているのなら、どうしようもないではないか。 自分の選択が間違ってなかったことだけにラティアは感謝するしかない。

 相手の男が寝返りをうって、細目をあけた。
 貴族のようなこの男は、もったいぶってはいるが実は貴族ではない。 なじみの客で金回りもいいが、見栄っぱりな性格が鼻につくこともある。 こうして宿に呼び出すほどの人物でもないくせに、やたらに身分を隠したがるのだ。 こういう商売女は何もわからないと思って何でも話をする。 大概は愚痴や悪口や噂話で、いかに自分が優れているかとか、それなのに軽んじられているとか。
「なんだ、起きていたのか」
「…ちょっとね…」
 ラティアは視線を窓に戻した。 大きく伸びをする。
「あーあ、なんかおもしろいこと、ないかなー」
「おいおい、ぼくと一緒にいて、おもしろいことはないかなーは、ないだろう」
「そうだわね」
振り返ってラティアは笑ってあやまった。
 男は肩肘をついて半身を起こした。
「ないこともないぜ、おもしろいこと」
「なによ、それ」
 明日、王室はコーツウェルへの出立する。そのとき大取りものがあるのだと男は言った。
「赤い馬車に乗った人物を襲う輩が出てくる。 そいつをひっとらえるのさ。 もちろん罠をはって」
「ふうん」
 身支度を整えながら、ラティアは相づちをうった。 どうせ自分には関係の無い話だ。
「父親が謀反騒動で切られて、今度はそいつも縄をかけられるのさ。 エドアルドのやつ、親父の仇が討てるってんできっと意気込んでるんだろうけど」
 ラティアの手が止まった。 今、この男はなんて言った? 
 男はラティアを気にもせず、まだ何かを言っている。 まるでこの計画を自分がたてたかのように得意がっている。
 謀反騒動の男のことなら、店で聞いた事があった。 店に来ている男達の間でひとしきり話題になっていた。 まさか、エドアルドがその息子だと言うのだろうか。 だからエドアルドはあまり店には出なかったのか。 
 この男はあの店にエドアルドがいた事を知って、自分にこの話をしているのだろうか。 これは罠か? 
 だが、この男にそんな知恵はない。 ただいいところを見せたいがために、こんな重大な秘密を自慢話のように語っているだけだろう。
 髪を結い上げる手をまた動かしながら、ラティアは何気なく聞いた。
「ねえ、罠ってどうやって仕掛けたの?」
「ああ、あまり詳しくは言えないけどな、ちょっとこれ宮廷がらみでさ」
密使の書簡をすり替えたのだと男は言った。 それ以上言わないところを見ると、やはりこの男は大した役では無いという事だ。
 ラティアは支度を終えると、じゃあねといって部屋を出た。
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