夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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「…抜け出せないんじゃない。 忘れてはいけないと思っているだけだ」
エドアルドは呟いた。
「それもいい。だが忘れる事も必要だ」
オリシスは言葉を切って、窓の外を見た。
「ラティアは、おまえがあのときの若い将校だと知っている。 哀れだな。 今のおまえではラティアも何のためにここに来たのか」
エドアルドはオリシスを見て眉をしかめた。
「どういう…」
オリシスはエドアルドの視線を感じつつも、窓の外から目を離さずに言った。
「ラティアの家は貧しかった。 働き手を失った家では、娘を奉公に出すしかない。 それよりラティアは都に出る事を希望した。 男達が出入りする所なら、いつかあの赤毛の将校の噂も聞けるかも知れない。 ただ、それだけのために」
「なぜそこまでオリシスが知っている」
「おれはおれなりにあの事件を追っていたんだ。 少女がタニアのどこにいるのかまでは分からなかったが、もしやと思ってラティアの素性を調べた。 ここに居たのは単なる偶然だ」
エドアルドはオリシスの言葉を消化しようと何度も頭の中で反芻した。
「ラティアがおれに会ってなんだというんだ。 何のためにおれに会う」
「ただ一言、礼を言いたかったのだろう。 だが、おまえの姿を見て、関わってはおまえの迷惑になると」
エドアルドは唇を噛んだ。 ラティアがあのときの少女だとうすうすは感づいていた。 しかしその姿を見る度に思い出すのだ。 ラティアの代わりとなった妹アリアのことを。
 オリシスの視線がいつの間にかエドアルドに向けられていた。
「おまえは、おまえの贖罪をラティアにまで求めるのか?」
「おれにどうしろと言う!」
エドアルドが机を拳で叩く。 そのエドアルドに、オリシスは低く落ち着いた声で言った。
「焦るな。 おまえやアリアがあの出来事から抜け出せる方法がどこかにある。 それを見つけるしかない。 それだけだ」
オリシスの意図をエドアルドは図りかねた。 言っている意味はわかる。 自分やラティアはいい。しかしアリアの幸せは…。
 あんな目にあったアリアが、その悪夢を忘れることなど出来るだろうか。
 忘れることは出来なくても、前を向いて行くことが、本当に出来るのだろうか。
 話が出来るようになるまで2年かかった。 それまで毎晩うなされていたあのアリアが。
 エドアルドはオリシスを見た。
 オリシスが来てから、アリアが夜中に悲鳴をあげる回数が減った。 オリシスが話す外国の話に笑うようになった。
「…オリシス」
 知らないうちにエドアルドはオリシスに呼びかけたことに気づき、その先を続けることができなかった。
『何を言おうとしていたのだ、おれは…!』
 アリアの気持ちを汲んで欲しいと頼むつもりだったのか? オリシスにアリアを背負わせるつもりだったのか? それともコーツウェルまでの旅で、オリシスにその気がないならアリアに気を持たせるようなことはしないでくれと頼むつもりだったのか…。
 エドアルドの沈黙にオリシスは頭をかいた。
「心配するな。 アリアに手を出したりはしない」
オリシスの言葉にエドアルドは顔を上げ、オリシスは続けた。
「あいつから告白でもされない限りは」
「オリシス」
「今のままじゃ、百万年待ってもあり得そうにないけどな」
 もちろん嫌われていると思って言っているのではないことぐらい、エドアルドにも分かった。
 オリシスは本気なのだ。
「だからおれはこれに賭けることにした。 いくらお互いが思っていても、どうにもならない事実が存在する。 アリアは自分で自分の過去を乗り越えなければならない。 アリア自身でだ。 コーツウェルは絶好の機会だとおれは思っている」
 オリシスは窓の外の風景を、眩しく、慈しむように、そして厳しく見つめた。
 エドアルドはため息をついた。 アリアを手放す時期かも知れない。自分のそばにいては、確かにオリシスの言うとおりお互い縛られたままなのだ。 それがオリシスなら言うことはないではないか。
 それにしても物好きな。 何も自ら進んで一筋縄ではいかない相手を選ぶことはないだろうにとも、思う。
「そうだな。…これが終り全てが片づいたら、アリアに言って聞かせるよ」
エドアルドは立ち上がり、ってオリシスの隣に立った。
「オリシスなんかやめておけ。 世の中にはいい男が山のようにいる。 あせってカスをひくことはないとな」
「このっ」
オリシスは手にしていた上着を、エドアルドに投げつけた。 笑いながら受け取り、そして真顔でエドアルドは言った。
「アリアを頼む」
 
 数日後、アリアは荷物を分けて愛馬のセレスに跨った。 明け方だった。 誰も起きてはこない。
 エドアルドは、まだ密者と連絡を取らなければならないため、数日ここに残る事になっていた。
「で、なんでオリシスが一緒について来るんだ」
「あぶないだろう、おまえ一人じゃ」
「心配するな」
「道もろくにわからないくせに、威張るんじゃない」
「…」
すねている妹を苦笑しながらエドアルドは見上げた。 アリアの顔は、あの一ヶ月前に家を出たときに比べれば随分とたくましくなった。 これからどんな事が起きてもうまくいくような気がしてくる。 それでもエドアルドは殆ど慣例のように言った。
「無茶はするな。 おれもすぐ追いつく」
「そうやってすぐ兄上は私を甘やかす」
「…、そうだな」
 アリアの姿は振り返り振り返り、街道を北へと小さくなっていった。
「おまえの幸せは、おまえ自身で掴め」
アリアの後ろ姿を見送りながら、エドアルドは呟いた。
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