夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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 日差しは日増しに強くなっていく。 さっき干した洗濯物が、もう風になびいて揺れている。
 アリアは芝生に腰を下ろし、流れる雲を見上げていた。 青空に浮かぶ白い雲。 形を変え、ちぎれてはまた風に身をゆだねて流れていく。 夏が近い。
 ラティアが自分の洗濯物を干していた。 綿のあっさりとしたドレスの裾が風に吹かれて翻る。 豊かな髪をひとつに束ねたラティアの後ろ姿は、昔見た母の背に似ているような気がした。
 母の髪はアリアよりいくらか色が薄く、光に透けると金の糸のように輝いて見えた。 父は暗褐色な栗色だった。 白髪が目立つようになっては、色もだいぶあせてはいたが、母の髪の色も父も髪の色も、アリアは好きだった。 子どものエドアルドとアリアだけが燃えるような赤い髪をしていた。 父と母の色を混ぜ合わせたような赤い髪を、アリアはどこか誇りに感じていた。

 ラティアが振り向いて腰に手をやった。
「あんたねぇ、いつまでそうやって女物の下着を見てるわけ?」
「下着を見ていたわけではない」
ラティアは笑ってアリアの隣に腰を下ろした。
「冗談で言ったのに、あんたすぐにむきになるのね」
ラティアは空を見上げた。
「もうすぐ夏ね」
「…ああ」
「もうすぐ、あんた達も出て行くのね…」
アリアはラティアを見た。
「わかるわよ。 ここにずっと居る者は、出ていく者の気配を感じるの」
ラティアは、いつか見たあの憂いを帯びた目で遠くを見ていた。
「そしてここにいた人間の事なんて、忘れてしまうのよ」
「忘れないよ」
「責めてるんじゃないのよ。 仕方のないことだわ。 あんた達にはあんた達の人生があるんだもの。 あたしは、それを見送るだけ」
ラティアはうつ向いて小さく笑った。
「でも、ちょっと寂しいわね」
笑ったラティアの目に涙が滲んでいた。 
「…片思い、か」
アリアはそう呟いた。 ラティアは反論せず、涙を拭って頷いた。
 ラティアがエドアルドを見る表情は、はっきりとそれを示していた。 だがラティアはエドアルドに対し、それ以上の行動をおこさない。 エドアルドもラティアの視線を感じながらも、あえて気づかない振りをする。 どこでラティアとエドアルドが知り合ったのかはわからない。 だが、あの二人は、ここではなく、もっと昔に何らかの形で出会っているのだ。 エドアルドがラティアを無視するのは、自分の正体がばれるのを防いでいるのかもしれない。 それをわかっているからこそ、ラティアもエドアルドに近づかないようにしているのかもしれない。
「身分違いよ。 どうにもならないわ」
瞳にはまだ涙が残っていたが、ラティアは照れくさそうに笑っていた。 その笑顔に隠された想いがアリアには痛いほどわかった。
「…それはつらいな…」
慰める言葉などなかった。 このことばかりは、アリアも同じ立場なのだ。
「あんたも片思いしてるの? 身分違い?」
「うん」
「どっかの深窓のお嬢様?」
アリアは笑った。 オリシスが深窓のお嬢様。
「そんなところだな」
 たとえ爵位があったとしても、アリアの想いはオリシスには告げられない。自分はそんなことが出来る人間ではないのだ。 誰が許しても、たとえオリシスが自分を好いてくれても、自分自身が許さない。
 アリアとラティアは黙ったまま、空の雲を見上げていた。

 中庭に向かう窓から、エドアルドは二人の様子を見ていた。
「お似合いの二人、と言いたいところだが、ラティアの方が勝ってるな」
 起きぬけ顔のオリシスが背後からエドアルドに声をかけた。
「あいつはまだ子どもだ」
「そう思っているのはおまえだけだぜ」
エドアルドは視線を窓の外からオリシスに移した。
「おれはおまえたちを不幸だと思うよ」
エドアルドが顔を曇らせる。
「同情はやめてくれ」
「今回の事件のことじゃない。 おまえもアリアも親父さんも、それぞれ罪を背負っている。 みんながあの出来事の責任を感じているんだ。 罪の意識に捕らわれて、そして、そこから抜け出せない」
オリシスの口調はいつになく冷めていた。
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