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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 夜の喧噪の幕が開けた。
 アリアはまたカウンターに一人すわり、ワインを飲む。
「今日はやけにみんな景気がいい顔してるな」
客達はいつもより上機嫌で酒をあおっていた。
「今日はティスナ妃の誕生日だからですよ。 国民にも樽でワインが振る舞われました。 それに砂糖と胡椒もね」
カウンターの男はアリアの問いに、そう応えた。 この男の名前は未だにわからない。 皆は『異人さん』と呼んでいる。 本当に名前はないのかもしれない。
「ティスナってどんなやつなんだ?」
と言ってから、アリアはしまったと思った。 国王の側妃を呼びすてにするとは。
 しかし『異人さん』は別段気に留めた風はなく、
「美しい人ですよ」
と言った。
「へえ、会ったこと、あるんだ」
「ええ。 まだお若いころでしたけど。 そう、ラティアのようにあでやかな感じですね」
「ふーん。 どこかの貴族の娘だったの? それで国王に見初められたのかな」
「…さあ、そこまでは…」
「そうだよね、異人さんが知るわけ無いか」
 カウンターの男はグラスを丹念に磨き上げていく。 その単調な仕草は、彼にかかるとまるで手品を見ているように美しく感じられる。
「でも、性格悪いんだろうな。 税が上がったのって、彼女のせいだって言ってるし」
「…税が上がったのは戦後の処理のためでしょう。 ティスナ妃がどういう性格かはわかりませんが初めから性格の悪い人なんていませんよ。 それぞれその要因というものがあるのでしょう」
アリアはカウンターの男を改めて見上げた。 男は杯を洗い、磨いている。 しかし何気ない言葉がアリアの胸に響いた。
「…そうだよな」
 たとえ父の仇だとしても、そこにはそれなりの理由があるのかもしれない。 だからといって、仇討ちをやめるわけにもいかないが。 しかし、アリアがその言葉に惹かれたのは、それだけではなかった。 なぜか救われたような気がした。
「ちょっと、アーリアン! 喋ってないで裏から樽を持ってきておくれ。 これじゃあもっと仕入れておくんだった」
女主人がアリアを呼ぶ。 今日は酒が良く出る。 娘達や使用人たちはそれぞれの客の相手でふさがっていた。 暇なのはアリアだけのようだ。
「はいはい」
裏戸を開け、狭い路地に面した倉庫に向かう。 倉庫の鍵をあけ、かび臭く薄暗い中からそばにある樽をさぐりあてる。
「初めから悪い人なんていない、か…」
 もしかしたら自分は、誰かにそう言って貰いたかったのかもしれない。だけど許されない事実は確かに存在するのだ。 その言葉に甘える事はできない。 
 樽を外に運び出して、アリアは鍵をかけるために通りに背を向けた。

 そのとき、アリアは頭に衝撃を感じ、一瞬目の前が真っ暗になった。 と同時に傷みが走った。
「…っつ」
 振り向いたそこに、巨大な影があった。 棍棒らしきものをさらにふりあげている。
「な、」
「くたばれっ」
振り下ろされた棍棒をかろうじて避けて、アリアは路面にころがった。影の顔が見えた。
「おまえ…」
「いつかのお返しをさせてもらうぜ」
ラティアをかばったときの男だった。 うしろには何人かの気配がする。
「やっちまえよ。なかなかいい毛色じゃねーか」
「女よりもいいかもよ」
「おれにも回してくれよ」
ぞっとするような言葉が飛び交う。
 アリアは壁を背に起きあがった。 頭がズキズキ響く。 生温かいものが首をつたった。
「今日は剣を持っていないようだな。 まったくあんときはいい恥をかかせてもらったぜ」
男がアリアににじり寄る。 反対側からは数人の男達。 アリアはこの場をどう切り抜けようか傷む頭で必死に考えた。 が、逃げるよりほかない。 しかしどうやって。
「かわいがってやるぜ」
男の手がアリアの腕を掴んだ。 腹に力を入れる。 誰かの拳が腹に食い込んだ。
「…うっ…」
「ほらよっ」
顔や背中に拳が当たる。 その度に頭に火花が散るようだ。
 アリアは目をしっかり見開いた。 目前に迫る拳を見極め、さっと身をかわす。 拳は壁に激突し、持ち主は叫び声を上げて片手を押さえ、ころげまわった。
「こ、このやろう!」
ほかの男がアリアを襲う。 そこに足を振り上げて急所を狙った。 そいつのも見事に命中し、男は悶絶して倒れた。 
 残るは二人。 しかしアリアも流れ落ちる血で目が開かない。 パシッと音がする。 ナイフを出したのかもしれない。 腕で血を拭った。 視界がぼやける。 
 アリアの後ろ手に倉庫の取っ手があたった。 そっと取っ手を回して片手だけを差し込み、手に当たる陶器を取り出す。 うまい具合に酒だった。 倒れた男達も起き上がり、アリアに迫ってくる。
 アリアは酒の瓶の蓋をあけ、男達めがけて振りまいた。
「うあっ、なにをする!」
アリアは持ってきていたろうそくの火をかざして言った。
「その匂い、なんだと思う? ここでいちばん強い酒だ。 酒ってのは燃えるんだぜ」
路面に溜まっている酒に火を近づける。 すると炎柱がたち、消えた。
「さあ、誰からいく?」
アリアはいちばん近くにいた男にろうそくの炎を突きつけた。 アルコールは揮発性が高く、もうすでに燃えはしないが、脅しにはきいたようだ。 男達はあっという間に逃げ出していた。
「ふう…」
アリアは炎を吹き消して、痛む頭を押さえ、樽を中へと運び込んだ。
 カウンターの異人さんが驚いて駆け寄る。 アリアの顔は血だらけだった。
「水と布を…」
「どうしたのです。 手当をしないと」
「いいから、はやく水をくれ!」
アリアは血を拭うと、引き留めようとする異人さんを押し退けて人が埋め尽くしている広間を横切り、階段下の自室へと入った。 
 エドアルドは今日もいない。 ちょうどいい。 また小言を聞かなくてすむ。 
 アリアはベットに横たわると、そのまま眠りについた。

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