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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 王宮の広間はきらびやかな男女がさざめきあっていた。
 意味の無い含み笑いや、うわさ話。 妬みや嫉妬、権力争い、恋のさや当て。 とめどもない様々な感情が渦巻いているが、誰一人として自分の本心をさらけ出すことがない、そんな世界である。

 カツン…、ズ…、カツン。

 その男が広間に姿を現した時、ほんの一瞬話が止み、大勢の人間がその男に注目した。
 淡い胡桃色の髪は真っ直ぐに肩の辺りで切りそろえられ、歩く度にさらさらと音をたてているようにも見える。 灰味がかった薄茶色の瞳は冷たく、何も映してはいないようだ。 その瞳が何かを熱く捉える事がいったいあるのだろうか。 痩せてはいるが均整がとれた体。 きめやかな白い肌、長いまつげにすっきりした鼻筋、うすい唇。ここにいる着飾ったどの美女より美女といってもいいほどである。
 周囲からため息が漏れる。
 この男がさらに注目を浴びたるは、その歩き方であった。 杖をつき、片足を引きずっている。 その姿が痛々しく、またため息を誘うのである。
「ごきげんよう、ラースロー。 病気と聞いていたけど、どうなさったの?」
一人の妖艶な貴婦人が男の側に寄り、扇で口元を隠しながら囁いた。
「病のあと無理をしまして、足をくじいてしまったのですよ」
「あら、それはお気の毒。 わたくしが看病して差し上げたのに。 今夜からでもわたくしの屋敷においでなさい。 タニアの有名な医者をつけさせましょう」
「なにをおっしゃっているの? ラースロー様より腕のいいお医者さまがいるわけありませんわ。 ラースロー様に必要なのは華やかで退屈しないサロンですわよ」
そういって会話に割り込んできたのは、豊かな髪をふんわりと垂らした若い女性だ。 赤い唇の端が若さを勝ち誇るようにつり上がっている。
「おほほほ。 退屈しないないですって? あなたと話をすることより退屈なことなんてラースローあるわけないじゃない。 頭の中は殿方とドレスのことしか詰まってないような方のサロンなんて」
美しい笑みをたたえながら、貴婦人は嫌みなどなんともないように言い返す。
 ラースローの廻りにはあっという間に女性達が集まっていた。
 宮廷内の男達は遠巻きにその様子を眺め、何かと美しいだけが取り柄の男について軽口をたたく。 しかし、ラースローが美しいだけではないことは、男たちの方がよくわかっていた。 医学、特に薬学に関しては宮邸医師にも優る。 キアヌ王子が熱病で命が危ぶまれたとき、さじを投げた医師の代わりにラースローが調合した薬が覿面に効いた。 その後側妃ティスナはもちろん国王にも重要され、国王の主治医になるのも時間の問題と言われている。 主治医という立場は、他の重臣や貴族よりも国王の身辺に近くなり、二人だけの時間をとりやすい。 そして健康を司るという面からも、最も信頼を得る立場になる。
 それだけではなかった。 ラースローがただの貴族なら、陰謀によってとうに姿を消されていただろう。 ラースローは、十数年前、嫡子が途絶えて上領されたアルマーシ公爵家の孫であるという申請がなされたのである。 国王はまだ承認はしてはいないが、近々公爵領を拝領するという噂もあり、そうなればラースローは王家に継ぐ爵位を継承することになる。 うかつに手を出せる相手ではなくなるのだ。
「しかし、キアヌ王子の熱病を治したのに、なぜカミーラ王女やユーシス王子のは治せなかったのだ」
「そこが、ほれ、王女たちは呪詛されたとうわさされるゆえんだ」
「それに王女様たちを治したとあっては、陛下の逆鱗を買う事にもなりかね…」
「おっと、それはこの場ではまずいのではないかね」
そんな声がラースローの耳にも聞こえる。

「おい」
呼び止められて、ラースローは声の主を振り返った。
「まだ出てくるなと言っただろう。 なぜ家でおとなしくしておれんのだ」
そう言う顔はニヤニヤとしまりがない。 ラースローの腕を掴む手も、心持ちか力が入っている。
「オレアル伯」
オレアルこそ、ラースローを公爵家の跡取りだと進言した人物であった。 アルマーシ公爵の行方知らずだった一粒種が残した子供を探しだし、オレアルが後見人となって面倒をみていたのである。
「まあ、いい。ティスナ様の誕生会だ。 出ない訳にもいくまい。 陛下もおまえが来るのを楽しみにしておられるからな」
『ふん』 
とラースローは心の中で毒づく。
『おまえにそんな事をいわれるまでもない。ティスナなどどうでもよい。 ただ拝領の件が気になるだけだ』
しかし、ラースローの表情は変わらない。
「もう少し青ざめていた方が恰好がつくな。 なにしろおまえは病み上がりだ。 しかし、うまい具合に落馬したものだ。 しばらく出仕できなかった理由が一目でわかる」
ラースローは目を細めてオレアルを軽く見おろした。 なぜ自分は、この下司な男に拾われたのだろう。 何も知らなければ今ごろは…。 しかしあのままの状態も決していいものとは言えない。 利用するためとはいえ、機会をくれたこの男に、本当なら感謝するべきなのかも知れない。
『せいぜい利用されてやるさ、今のうちは』
そんなことを思っていると、廻りが一斉に頭をさげてるのに気がついた。国王とその妃ティスナが広間に姿を現したのだ。
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