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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

「いいけど、一人で立てるのか?」
「よけいな世話だ。さっさ行け」
男は一人で起きあがろうともがいていた。 肩を痛めているらしく、なかなか思うようにいかない。
「く…っ」
ようやく上半身を起こした男は、靴を履いていない方の足をかばうようにしてそれでも何とか立ち上がろうとした。
「無理はしない方がいいと思う。 落馬なら軽くて全身打撲だ。 今は大丈夫でも、後で起きあがれなくなる。 熱だって出るぞ」
 ブロンドに近い淡い胡桃色の髪、長いまつげに縁どられた灰味がかった薄茶色の瞳。 質素な灰色のマントに身を包んではいるが、どこか高貴な血を受け継いでいるようにも見える。 黙っていればどこぞの貴族のお坊ちゃんのようだが、発する言葉は激しい。
「まだいたのか! 行けと言ってるのが聞こえなかったのかっ?」
「聞こえてるよ。 そのまま歩いて帰るのか? 一日かかったって街までたどり着けないんじゃないのかな。 別に止めないけど」
アリアは馬を引いて背を向け、馬に跨る。 そして思い出したように振り向いて言った。
「あ、あんたの馬、あのあし毛だろう? ここから五分馬を走らせたとこに繋いでおいた。 夕方までにたどりつけたらいいな」
男の返事はない。
「それじゃ、頑張って」
セレスの鼻先を街道に向かわせて、アリアは進みだした。それでも後ろから引き留める声はしない。
「頑固なやつだ…」
 すっかり日は昇っている。 そろそろエドアルドも起きる頃だろう。その前に戻るつもりだったのに、とんだ道草を喰ってしまった。

 あし毛の馬はもうすっかり落ちついていた。 蹄を見ると砕けた石が蹄に挟まっており、たぶんそれを無理に走らせたため馬が暴走したのだろうと思われた。
「ちょっと痛いが、がまんしろよ」
剣の先で石をかいだしてやる。 馬はいなないて後ずさったが、軽くなった足を何度か蹴ると、なんともなかったように大人しくなった。
「馬の方がよっぽど素直だな」
さて…、とアリアは街道の先を見る。 まだ追いつくはずもない。
「なあ、セレス。どうせ兄上の小言をきかなきゃならないんだ。 もう少し散歩でもしようか」

 男はまださっきの場所にいた。
 近づいてきた蹄の音に顔を上げようともしない。
「やっぱりどっか痛めたんだろう」
アリアが馬上から声をかける。その声にようやく上げた男の顔は蒼白だった。
「馬と靴を届けに来ただけだ。 あのままあの場所に置いていたら、あんたが着く前にとっくに盗まれてる」
アリアはあし毛の馬を適当に繋げると、靴を持って男の方へ歩み寄った。 だらしなく垂れている腕は、脱臼か、下手をすると骨折しているかもしれない。靴が脱げた方の足は、腫れているようにも見える変に曲がってはいないようだ。ただの捻挫だろう。
「そんな調子じゃ、一人で馬に乗れるかどうかもわからないぞ。 どうせ誰かに助けて貰わなければならないなら、私でもいいではないか」
「おまえの、そのなんでも見透かしたような言い方が気に喰わない」
苦痛をこらえながら男がアリアに言った。
 アリアは無言で男の腕にさわり、そしてひょいと持ち上げるとくいっと引っ張った。
「…っ! いきなり何をする!」
「言い方が気に喰わないなら、黙ってやるしかないだろう。 腕は脱臼していただけだ。 もう動かせる。 足は冷やした方がいいな。あいにく何も持ってないから、どこか水のあるところまで行こう」

 「あんた、馬に慣れてないだろう」
小川の近くで男の足を診ながらアリアは言った。 たぶんこういう言い方が相手を怒らせているのだと気がついてはいたが、男が大人しくついてきた以上何を言ってももう変わりがないように思えた。
「肩が脱臼するまで手綱にしがみついているなんて、そうとしか考えられない。 あし毛の歩調の悪さにもあんた、気がついてなかっただろう? 石が挟まってたよ。もう大丈夫だけど」
 男の足は痛々しいほど赤く腫れ上がっている。 そうでなければきっとアリアよりもきれいな足首をしていることだろう。
「本当は肉でもあればもっと冷やせるんだが、あんたが行くところまでこれで我慢してくれ」
アリアは布を水で浸し、それを足首にしっかり巻き付けて動けないよう固定した。
「慣れた手つきだな」
初めて男が穏やかな声を出した。 心地よいテノール。 キンキン怒鳴っているよりずっといい。
「慣れてるからな、実際」
剣の稽古や乗馬でアリアも何度か経験がある。 こんな風に役立つとは思ってもみなかったが。
「これで馬に乗るぐらいはできる。今度こそちゃんと消るよ」
アリアはにっこり笑うと、セレスに乗って男を後に駆けて行った。

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