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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 「こら、静かにしろよ。 みんな起きちゃうだろ」
アリアはそーっと物音をたてないように、馬屋から自分の愛馬に鞍を付けて連れ出した。
 明け方に皆を起こして、その後さんざん嫌みを言われたのはついこのあいだの事だ。 とくにラティアは機嫌が悪かった。 あの夜は一言も口をきいてくれなかった。 まあ、あれは自分が悪かったのだしと素直に謝ったものの、ラティアが応えてくれたのは翌々日だった。 店の女主人にもたっぷり絞られた。 おかげで信用はがた落ちだ。 二度とあんなヘマはしない。
「よーしよし。 これからたっぷり走らせてやるからな」
 まだ日の出る前、人影もない街道をアリアは西に馬を歩ませる。 オリシスの話では西にいい草場があるという。 町中を抜け、民家のはずれの小高い丘を登りきると、目の前に大地が広がった。
「はっ」
アリアは手綱をゆるめてセレスの走りたいように走らせた。
 朝の湿った空気が気持ちいい。
 女達の館に来て以来、館の外に出るのは初めてだ。 エドアルドは何かと外へ出ているが、アリアは特別な用が無い限り外へ出る事はない。 なにより一人で出る事をエドアルドが許していないからでもある。 セレスも馬屋につながれたままで、いい加減走らせてやる必要があった。 だから朝早く誰にも気づかれないよう出てくるしかなかったのである。
 ひとしきり馬を走らせて馬を降り、アリアは木に繋いで腰を下ろした。
 シャツで汗を拭う。
「あとは剣の相手でもできたらなぁ」
汗をかく事は嫌いではなかった。 嫌な事は考えずに済む。 体を疲れさせた後の倦怠感が束の間アリアを開放する。
「酒ばかり飲んで、ちょっとたるみすぎてるな、最近」
 東の空に一筋光が輝いた。夜明けだ。
「帰ろう」
セレスの手綱をとってもと来た道を歩き始める。
 街道にさしかかった所で、アリアは一頭の馬を見つけた。 鞍を付けてはいるが人影はない。 繋がれている様子もなく、馬は気が立っているようだ。
「こんな時間に…」
不審に思うが、あまり人に目立つ行動は起こしたくはない。
「セレス、ここでちょっとおとなしくしていろ」
アリアはセレスを柵に軽く繋ぎ、迷い馬の方へと向かった。 正面へ回り込んで馬の目を見ながら微笑む。
「大丈夫だ。 おまえに危害を加わえようっていうんじゃないんだ。 どこかおかしくしたんだろう? 悪い事はしないから、ちょっと様子を見させてくれないか」
そーっと手綱を手繰り寄せて、馬の首をトントンと軽く叩く。馬は荒い息をアリアに吹きかけたが、意外におとなしく従った。 セレスと同じように柵に繋ぎ、もう一度首を叩いて聞く。
「おまえのご主人はどうした? 戻ってくるのかな」
その可能性があると思ったから柵に繋いだのだが、反対側の鐙に革靴が引っかかっているのを見て、アリアは急いでセレスに跨った。
「もうひと運動してくれセレス。 落馬だ」
街道を町とは反対方向に馬を走らせる。 すぐに人影が見つかった。 街道脇の草むらに男が一人倒れていた。
「おい、しっかりしろ」
駆け寄り、男の顔をのぞき込む。 が、男と思ったのは間違いだったのだろうか。 女性のようになめらかな肌、白い顔、端正な面立ちが苦痛にゆがんでいる。
「どこから落ちた」
「…馬」
「それはわかっている。 どこを打ったのかって聞いているんだ」
話ができるというなら頭ではない。 頭でないなら起こしても大丈夫そうだ。 男の肩にかけようとするアリアの手を、相手の手が力無く振り払った。
「わたしに触るな!」
体力の割には断固とした拒絶だった。
 あっけにとられてアリアは一瞬動きが止まった。男が眉をしかめてアリアを睨む。睨んでも美しい顔だ、とアリアは思った。
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