夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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中臣鎌子(なかとみのかまこ)は手にした蔵書の束の重さを感じていた。神祇伯(じんぎはく)の任命を再三固辞した鎌子には、以来大した仕事は回ってこない。今も飛鳥寺から借用した唐の文献を戻しにいくところである。
神祇伯(じんぎはく)とは、国の祭礼を司り、諸国の官社を総括する大役である。誰にでもなれるものではない。古くから宮の祭祀を担ってきた中臣家であり、また大王に仕える巫女たちを総括し、宮中の祭事を司る大伴家を叔父にもつ鎌子だからこそ任命されたのである。しかし鎌子は神祇伯を受ける気にはなれなかった。名誉な役職ではあるが、それは政事から離れることでもあった。倭国ではもはや神事と政事は離れた位置にあった。理由はそれだけではなかったが、鎌子は固辞の理由を他に告げることはなかった。

寺の管理者に礼を述べて文献を返還したあと、鎌子は伽藍を回りながら考えていた。
大陸の文化を取り入れるには、仏教を学ぶことが一番の早道だ。大陸には大陸で、古来より道教があるが、新しい思想は仏教にかなわないだろう。倭国に仏教を取り入れた蘇我稲目、馬子の先見の目には、鎌子は心服するしかない。しかもこの飛鳥寺の造り。さすがに最新の文献を貯蔵するだけある。一見開放的に見えても、塀の高さや門の配置など、他の侵入を防ぐよう設計されている。伽藍に通じる広い庭。ため池。見張り台にもなる塔。宮に比べたらずっと飛鳥寺の方が要塞として役にたつ。馬子という人物は何を考えてこれを造ったのだろう。

と、陽気な声が鎌子の耳に届いた。
寺の庭で、貴族の子弟たちが蹴鞠をしていた。これも大陸からもたらされた遊びである。飛鳥寺はその豊富な知識をもとに、貴族の子弟たちのため、学堂を開いていた。ここに通う子弟たちが、休みの時間に遊戯をしているのだ。
旻の学堂に通っていた頃を思い出す。鎌子にはこのように人の輪の中に入ることが苦手であった。反対にいつも人の中心にいた人物がいた。
蘇我大郎鞍作。
遠い存在であった蘇我家をの跡取り。だがなんの気まぐれか、話しかけてきたのは鞍作が先だった。

鎌子はその場所から遠ざかろうと足を速めたが、ふと、槻の樹の下で蹴鞠を見ている男に気がついた。まだ少年と言っていいほど線の細い、色の白い公達であった。
葛城皇子(かつらぎのみこ)…」
大王宝皇女と先帝田村皇子の長子、葛城皇子。また、古人皇子と大海人皇子の間にあることから中皇子(なかのみこ)と呼ばれる皇子である。
葛城皇子は、蹴鞠をしている子弟達に冷ややかな視線を向けていた。
その視線が、一瞬にして鎌子に移った。
獲物を見つけた獣のような皇子の瞳に射貫かれ、鎌子は一瞬身動きがとれなかった
気がつくと鎌子は吸い付けられるように、葛城皇子の方へと歩み寄っていた。二歩手前で頭を下げる。この皇子と言葉を交わすのは初めてであったが、鎌子は自ら言葉をかけていた。
「皇子様はなさらぬのですか」
瞳の端だけ蹴鞠の方へ動かす。
「くだらぬ」
冷ややかな声であった。 
「あれが一体何の役にたつというのだ。そういうおまえはやらぬのか」
十八歳の若さだというのに、葛城の物言いは大人びていた。
「わたしは運動と名の付くものは苦手でございますので」
「うたは詠むか」
「うたも苦手でございます」
「ではいったい何が得意だ」
「未だ得意といえるものは」
葛城皇子は鎌子の顔を改めて見た。宮中では目立たないこの鎌子の表情は何を考えているのかわからない。
「神祇伯を断ったそうだな」
「任が重すぎます」
「旻の学堂に通っていたとか。学問は好きか」
「好き嫌いの問題ではありません。学ばねばならぬ事が多すぎます」
「謙虚だな。それに博識と聞く。南淵(みなみぶち)請安(しょうあん)も学堂を開くそうだ。興味はあるか」
「必要とあらば」
鎌子がそう答えた時、伏せた目にも葛城皇子が笑ったのがわかった。
「今さっき学ばねばならぬと言ったであろう」
冷ややかな笑み。鎌子は全身が一瞬硬直するのを感じた。見た目の印象とは違い、なんと抗いがたい力を秘めているのだろう。
「吾が必要とする。おまえの知を吾のために使え」
気がつくと、鎌子は葛城皇子に深く頭を下げていた。





中臣鎌足について

このころ鎌足はまだ鎌子と名乗っていました。 日本書紀では彼は神祇伯を再三断り、三島に蟄居したとありますが、実際本当に神祇伯に命じられ、本当に断って蟄居したのかあやしいところです。その後の彼の大化の改新への動きを見ると、そんな殊勝な性格ではないように思えます。
あるいは、殊勝にみせかけて革命を企んでいた可能性もありますが。

そして中大兄皇子(このころはまだ大兄ではないので中皇子)の登場です。鎌足と皇子は飛鳥寺で出会います。これまた日本書紀によると、皇子の脱げた沓を鎌足が拾って捧げたようですが、あまりに美しすぎて物語にしにくい設定だったので、勝手に変えました。

彼らには存分に悪役を演じてもらいたいものです。

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