夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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鞍作が次に鏡に会う機会はすぐに訪れた。
宮中での鏡は決して目立つ存在ではなかった。ひっそりと控えめで、神事の行事以外はどこにいるのかもわからないぐらいである。なにしろ仏教を擁護する蘇我家と神事の巫女である鏡とでははあまり縁のない存在であった。神事や祭事に興味がない鞍作は宮中での儀式は退屈なものでしかなかったし、人目をひく美女は他に大勢いた。
そんな鞍作が宮の庭で鏡を見かけたときから、不思議と鏡の姿を目にするようになった。今まで毎日出仕しながら気がつかないほうがおかしかったくらい、視野のなかに入ってきた。
しかし、巫女というものは気軽にこちらから声をかけられるような類の女ではなかった。特別な用がない限り近づくことさえ困難であった。その特別な用を見つけだそうにも、容易に見つけられるものではなかった。本来そんなことを気にする鞍作ではなかったが、きっかけはほしい。
用もないのに、鞍作は鏡が住まう屋敷の廻りを歩いていたりした。

「どうしたものか…」

馬首をかえして島の庄に戻ろうとしたとき、鞍作は、涼やかな水の音を聞いた。馬をつなぎ、水音へ近づく。鏡の屋敷からほど近い場所に小さな池がある。水音はそこから聞こえていた。
草木をかき分けて池のほとりにつくと、水音は止んでいた。
「思い過ごしか。まさかな、こんな時刻に」
日は落ち、あたりには闇が立ちこめ始めていた。ひょっとしたらと思ったのだが、淡海の田舎とは違い、ここは夜盗も現れる都だ。いくらなんでも鏡がひとりでここにいるわけが…。
鞍作は目の前に現れた者が現実だとは思えなかった。まるで始めて会った時のように、白い(うすぎぬ)をまとった鏡がそこにいた。

「何をしている」
知らずのうちにごく自然に鞍作は声を掛けていた。
「水面を見に」
鏡は上衣を肩に掛けながら答えた。
「供の侍女はいるのか」
「ひとりでないと、心が静まりませんので」
「不用心ではないか」
「不用心なことはございません」
「現にこうして、おれが来ている」
「あなた様がわたくしに何をなさると?」
鏡の言葉に、鞍作はむっとした。何もしやしないと高をくくられたような気がした。実際何かをしようとしたわけではない。ただ鏡に会えればと思っただけだ。そんな心中を見透かされた気がしてて鞍作はむっとしたまま言った。
「なぜあの時おれを無視した」
鏡は鞍作をじっと見据えて静かに答えた。
「次に会うとき、名を呼ぶことができるとおっしゃったのに、林臣様はわたくしの名をお呼びにはなりませんでした」
これがもう少し年をいった妖艶な美女ならば恋の駆け引きと取れたし、もう少し幼い少女ならば、背伸びをした強がりと取れた。しかし鏡の口調は、そのどちらでもなかった。ただ思ったがままを口にした、なんのてらいもない言葉であった。そしてその言葉には、感情というものがなかった。
初めて会った時、鏡の態度に手強さを感じたが、あれは感情を含まないがための手強さだったのだと鞍作は思った。相手に何かしらの思いがあれば対応のしようもあるが…。

『これは…』 

どうしたものか。
鞍作は言葉を無くしていた。ただ鏡の顔をみつめるだけであった。鏡が立ち去ろうとしているのを見て、我に返った。
「鏡!」
鏡は立ち止まって振り返った。鏡の瞳が、鞍作に向いている。しかし本当にあの瞳に自分は映っているのだろうか。
「いや、鏡姫王」
と、王族の姫を呼び捨てたことに気がついた鞍作は、言い直した。
「また、会おう」
自分でも気がつかないうちにそう言っていた。鏡は返事をせずに、背を向けて去っていった。
鞍作は鏡が無事に館に入るのを見届けると、口の端を上げて苦笑いをした。自分はどうかしている。あの姫の前で、自分はただの人間になっていた。紫冠も蘇我の名もない、ただの自分という名の人間。
鞍作は苦笑いをしたまま、馬にまたがり、月の出始めたほのかに明るい道を駆けていった。

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