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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

毛人から鞍作への紫冠譲渡は、大王の勅を得て、正式なものと認められた。息長系氏族は、突然の皇女宝の心変わりにとまどった。が、宝皇女の生んだ皇子達が成長するのをただ待つしかなかった。
紫冠を得てからの蘇我鞍作は、それまで以上の行動力で政策を打ち出しては実行に移していた。この鞍作の思想と行動力は、若い者達を引きつけた。そして政事に対する意見があれば、身分の低い者にまで耳を傾けた。
鎌子(かまこ)殿,忌憚なく申されよ。旻法師(みんほうし)の学堂であれ程論じ合った仲ではありませんか」
鞍作は僧旻(そうみん)の学堂で秀才と言われたこの二歳年上の中臣鎌子(なかとみのかまこ)が好きであった。
中臣家は連姓であり大臣姓の蘇我家より数段格下の家柄である。しかし古くから神事を祭る家柄で、大王家に仕える由緒ある家系であった。馬子の時代には両家の間に諍いもあったようだ。家の違いや宗教対立など鞍作には関係がなかった。学堂でまともに論じあえる相手は、鎌子一人であった。
今では鞍作の政務が忙しく、鎌子と会うことも少なくなっていた。そうでなくとも最近の鎌子はどこかよそよそしい感じがした。その鎌子が久々に鞍作の前に現れたのだ。
林臣(はやしおみ)様。あなたは以前、新しい政治体制が必要だとおっしゃった。ですが、今のあなたのやり方は矛盾してはいませんか。政事は豪族や王族が私腹を肥やす場ではない。大陸や半島にもっと目を向けなければと言っていたあなたは、今までの慣例に倣って紫冠をお継ぎになった。いずれは蘇我宗家を継がれることでしょう。蘇我宗主というのは、結局新しい政事とは相容れぬ立場なのではありませんか」
鞍作に請われるままに言ってしまってから、蘇我に対する誹謗であったと鎌子は気がついた。そういうつもりはなくとも、そう取られる発言だった。蘇我を怒らせたらこの先政事には参画出来まい。中臣の家もどうなるか。鎌子は鞍作の答えを静かに待った。
目元が涼しく美男ともいえる顔立ちの鎌子だが、氷のようなその表情の無さ故か、人に好かれる型の人間ではない。しかし鞍作はやはりこの男が好きだと思った。このようなことを言えるのは鎌子以外にはいなかった。面と向かって口にすることこそ、言っていることの真剣さを訴えていた。
「確かに、わたしの立場は理想とは違うものだが…」
そこで言葉を切り、鞍作は鎌子に対して笑顔を向けた。
「鎌子殿。目指すもののために、今しばらくこの権力と財力を利用するのも悪くはないとおもいませんか」
鞍作の笑顔は明るくまぶしく見えた。言い訳ではない、方便を言っているわけでもない。これがこの男の大きさなのだ。
『この男が皇子だったら…』
鎌子は心の中でつぶやく。と同時に棘にさされたような小さな痛みを感じた。



斑鳩の異変が人々の口にのぼり始めたのはこのころであった。
斑鳩の上宮王家(かみつみやおうけ)の門前が兵で固めているとの噂であった。
「聞けば蘇我家に対する構えとのこと。林臣、どういうことか説明していただこうか」
大王宝皇女の同母弟、軽王(かるのおう)が参議の場で鞍作を名指しで糾弾した。
「蘇我が上宮王家に何かしたとでも? また我ら蘇我が兵を集めている様子がございますか。知らぬ事でございます」
山背大兄王がそういう態度にでるとは、鞍作にも思いがけないことであった。毛人が病を理由にしてまで隠した傷は何だったのだ。鞍作は冷静を装って冷静に答えた。
「現に上宮王家は構えを見せているではないか」
軽王に賛同する者が同調した。 
「何れにしてもこれ以上斑鳩の兵が引かぬようなら、山背大兄王に謀反の疑いがあると見て、大王の兵を差し向ける。よろしいでしょうな」
なぜそれを蘇我に聞く。蘇我に対する構えであると言っておきながら、なぜそれが謀反になるのだと、鞍作は歯がみをする。
「兵を引かぬから謀反であると決めつけるのは、安易すぎやしないかな」
古人皇子(ふるひとのみこ)が口を挟んだ。
「ならば蘇我が斑鳩に赴き、山背大兄王に兵を解くよう説得するのが筋ではないか」
「被害妄想に凝り固まっているだけだ。そこに蘇我が赴けば事態はますます悪化する」
上宮王家と蘇我の争いを前面に押し出させたい息長氏の思惑が、手に取るように見えたが、鞍作はそれをどうしても避けたかった。
「斑鳩が何を勘違いしているかは解りませんが、蘇我には全く覚えのないこと。この件への関与は控えさせていただく」
と鞍作は言い切った。

「軽王は蘇我と上宮王家を共倒れにしたいのさ」
参議が終わったあとで、古人皇子は鞍作に囁いた。わかりきっていたことであったが、鞍作は答えをぼやかした。
「古人皇子はどうなんだ。上宮に倒れて欲しいか」
歳が近くいとこ同士である二人は仲が良かった。
「まあね、目の上のたんこぶってところだな。あの人は生きている限り大兄を手放さないだろうし」
山背大兄王が死なない限り、古人皇子に大兄は回ってこない事になる。仮に山背大兄王の寿命があと五年だとしても、そのとき大兄は古人皇子ではなく葛城皇子にいくだろう。先帝の皇子である古人だったが、所詮は傍系である。宝皇女が大王になった今、なおのこと古人に大兄が回る確率は低かった。
「足下を掬われるなよ。蘇我にはこれからも頑張って貰わなければならないんだから」
鞍作の背中をぽんと押して、古人皇子は去っていった。

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