夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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蘇我毛人にはもうひとつ頭を悩ませる問題があった。大王宝皇女が、板葺宮の増築を求めたことであった。
「昨年は凶作とまではいきませんでしたが、豊作にはほど遠い状態です。この時期に増築は人々の反感を買いますぞ」
「雨を降らせたのは誰です。この宮は狭い。これでは皇子をそばに住まわすこともできないではありませんか」
宝皇女は増築を譲らなかった。これには蘇我でなくとも多くの豪族が難色を示していたが、実際には毛人と宝の対立を表だたせていた。一部の豪族たちは表面下で、舂米女王の発言で再び注目を浴びた山背大兄王を擁立する動きを見せていた。

秋の日が深くなったある日、山背大兄王は毛人を斑鳩に呼びつけた。
山背大兄王は太った体をそらし、不遜な態度で毛人に対した。壬生部の件については一切触れずにおもむろに言った。
「吾はいつまで大兄のままのか」
近づき始めた豪族達に乗せられて、再び大王位を意識した言葉である事は明白であった。
毛人は落胆を隠せなかった。隠そうと思えば出来たことが、このときばかりは出来なかった。
「山背大兄様は、大兄のまま生涯を終えましょう」
つい思いのまま言葉にしてしまった。これには山背大兄王が今度は顔色を変えた。
「蘇我はこの上宮王家をないがしろにするのか。なぜ吾を大王にしない。蘇我にとっても利はあろう」
「わたしが蘇我の利を考えるなら、やはりあなたを大王にはせんでしょう」
「父、聖王(ひじりのおう)(聖徳太子)の恩恵を受けながら、その物言いは何だ。吾は上宮王家を継いだ者ぞ。上宮王家は常に人の上に立たねばならぬ。誰よりもだ」
何を言う。恩恵を受けていたのは厩戸皇子(聖徳太子)の方ではないか。蘇我馬子の財を利用して、地位を利用して。しかしそれだけの才能は厩戸皇子にはあった。
毛人は同年だった厩戸皇子を思った。人の上に立ってしかるべき人物であった。だから皆に聖王と呼ばれていた。
それに引き替えこの山背大兄王はどうだろう。妹、刀自古の血を引いているとはいえ、この傲慢さはどこから来るのだ。
あれほど壬生部の民が苦しんでいたというのに、この王の身辺は少しも変わっていないではないか。自分の財を傷つけることなく平然と酒をあおるこの甥は…。
「聞いているのか、毛人!」
伯父である自分を呼び捨てにされて、毛人は立ち上がり、とうとう声を荒げた。
「上宮王家、聖王などといつまでも…! ではいったいあなたは何をした。王家の名、厩戸皇子の名の庇護のもとで駄々をこねていただけではないか。斑鳩のこの屋敷に家族でこもり、政事に対しての理想もなく、発言するでもない。ご自分の領地の飢饉の時ですら、何の手を打つ訳でもなくただ蘇我に泣きついて来ただけではないか。ご自分の妻でさえ抑えることが出来ない。舂米女王様の発言にも我らは黙って耐えた。あなたの立場を慮ったからだ」
毛人の勢いに押されて、山背大兄王は口をぽかんと開けていた。
「あなたはちっとも変わらない。昔から少しも成長しない。宮から離れたこの場所で、太子の威光にすがって生きているだけだ。本気で大王位につきたいならここから出るべきだとあれ程申し上げたのに」
毛人は苦痛に顔をゆがめた。
「あなたさえ、…あなたさえしっかりしていれば、わしは…… 、わしは息子らを、亡くすことだって無かった」
山背大兄王の顔がぴくりと動いた。
「いや、今更言っても詮無きこと。わしら蘇我はこれであなたから一切手を引きましょう。お好きにするがいい。平群でも葛城でもお好きなところと手を組みなさい」
顔を赤くして震える山背大兄王に、毛人は背を向けた。
「まて! 吾を見捨てるというのか、毛人。この上宮王家を!」
毛人は首を少しだけ横向けて、最後に言った。
「上宮王家は、厩戸皇子が亡くなられたとき、ともに消えたのです」
部屋を出て行こうとする毛人の背を、山背大兄王は見た。小さく丸まった背であった。気がつくと刀を手にしていた。立ち上がるが先か、鞘を脱ぎ捨て、その小さな背中に斬りかかっていた。
「ううううぉーっ」
気配に振り返る毛人。とっさに腕を上げ頭をかばった。腕に焼け付く痛みが走る。振り下ろされた切っ先の血、そして毛人の直衣にみるみる広がる黒い染み。
毛人はがたっと膝をついた。ただよろめいただけであった。傷は浅い。しかし、それを見た山背大兄王は青ざめて刀を取り落とした。


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