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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。



毛人は十七年ぶりに宝皇女と二人で対面した。宝皇女はもう四十八になろうとする歳であったが、容色は衰えたものの、気丈さはそのままであった。夫である岡本宮大王を亡くしたというのに、悲しんでいる様子も見えなかった。まるで岡本宮帝の崩御をあらかじめ知っていたような感じであった。

「本日参りましたのは」
毛人が頭を下げた。
「次の大王のこと。豊浦大臣、そうでしょう?」
きりっとした声であった。
「古人皇子をどう思われます」
「よい皇子です。なにかとわたくしを気遣ってくれる。政事に批判的なところもあるけれど、古人がそうなったのは…」
いいかけて宝皇女は言葉を濁した。
毛人にとって宝皇女が先妻の子である古人皇子を擁護するとは思わぬことであった。蘇我に対して反目していると思っていた。たぶん宝皇女は古人を、歳の近い亡くした漢のかわりのように感じていたのかもしれない。
「では葛城皇子は」
宝皇女は顔色を変えた。その様子を不審に思いながらも、毛人は宝皇女の反応を待った。
「あれはまだ若すぎる。あれが大王を継ぐなどありえません」
なぜそうも言い切れるのだろうか。自分の産んだ皇子ではないか。自分の皇子をおいて古人を擁護することがあるのだろうか。「あれ」と葛城皇子を呼ぶ。大王家に何が起こっているのか毛人にはわからなかった。
「斑鳩の問題もございます」
「なぜわたくしにそのような話をもちかけるのです。勝手に決めればよいでしょう。古人でも斑鳩でも。いずれにせよまだわたくしには関係がないこと」
宝皇女は声をあらげた。
まだ、と宝皇女は言った。それはどういう意味なのだろう。まるで先の事を予見しているかのように毛人は思った。しかし。 
「関わりがあるのです、宝皇女。あなたには大王になってもらわなければなりません」
毛人が今いったい何を言ったのかをしばらく考えていた宝皇女は、突然笑いだした。
「何を言っているのです。気でも狂いましたか。まだ耄碌するには早すぎるでしょう。わたくしが大王だなんて、ばかばかしい。小墾田宮大王はれっきとした皇女でしたが、わたくしは王族の末端。大后になったから皇女の位をもらっただけ。そんなわたくしが大王だなんて」
「ばかげたことかもしれません。ですが事は重大です。今、群臣は蘇我家と斑鳩に二分されています。どちらが大王になっても不平は収まらず、まとまる審議すらまとまらない状態になるでしょう。それに息長は息長で葛城皇子を推しているのではありませんか?」
宝皇女は笑いをやめた。
「あなたが大王になれば今しばらくは争いはおさまりましょう。私が言い出さなくとも、息長によってあなたは大王位に就くことになるのです。葛城皇子への中継ぎとして」
宝皇女は眉をよせて嫌悪感をあらわした。毛人はさらに続ける。
「葛城皇子でなければ誰でもよろしい。大王になったあなたが意中の人物に位を譲り渡せばいいのです」
「…譲り渡す?」
大后宝皇女は寄せていた眉をゆるめ、言葉の意味を確かめるために、聞き返した。

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