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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。


岡本宮大王の治世に最も不満を唱えていたのは、大王継承に敗れた山背大兄王であった。
なにかと文句をつけては毛人を呼び出し、毛人が多忙で代理を寄越すと、神経質に代理を追い返した。
山背大兄王にしてみれば、一番頼りにしていた蘇我宗家に裏切られ、自分を最も推していた境部を滅ぼされ、望みを失われたあとに岡本宮大王の不評である。
「それみたことか、己が大王ならばこんなことにはならなかった」
と事ある毎に毛人を責めたてた。その都度毛人は根気よく山背大兄王に、世間や世情に目を向けるよう進言した。が、山背にその声は届かなかった。
このように不平が出るのも平和な事。と毛人は耐えていた。

時がたち、岡本宮が火災により焼け落ちた。大王の無能さに対する放火だとのうわさも流れたが、真偽ははっきりしなかった。大王は一次仮宮にうつった。 
大王は今では国を代表する寺になっている蘇我の氏寺の飛鳥寺に対抗し、倭国の宮寺とする百済大寺建設を息長にまかせようとしていた。蘇我毛人は大王田村に打診した。蘇我の財で百済大寺の近くに新宮を建てるというものだった。息長に傾いていた大王を蘇我にもどそうと毛人は考えたのだ。
大王は承諾し、百済宮の建設が始まった。

百済宮に遷った翌年、大王田村が崩御した。
四十九歳の突然の崩御であった。
平和といえばそれまでの、特段際だった事柄もない十三年の治世であった。

次の大王候補は、蘇我家に連なるものとして毛人の異母妹、法堤郎女が産んだ長子、古人皇子が妥当と考えられていた。
鞍作よりひとつ年上の古人は二十六歳。大王を継いでも良い歳である。
しかしまだ、山背王が大兄として健在であった。山背はすでに四十二歳に達していた。田村への不平を唱える豪族からは山背大兄王をとの声が上がったが、毛人はそれらの声を無視した。
毛人は山背大兄王の成長を期待しなかったわけではない。小墾田宮大王が諭したように自覚をもち大兄として威厳を持ってほしいと願ってもいた。しかし結果として、あのときより更に山背大兄王は神経質になっていた。

毛人は鞍作に意見を聞いた。
「古人皇子は多少皮肉屋ではありますが、斑鳩に比べたらまともすぎるほどですよ。難点を言えば、この先の大陸の動きに、どの程度の決断力があるかですけどね」
国変に対して民を統率するだけの人望を兼ね備えた候補がほしい。有力な豪族が頭をだせば、その他の豪族が反発する。それでは国はまとまらないのだと鞍作は言った。
「まだそんな事を言っているのか。大王は国事の祭祀を司るだけでいい」
「ならいっそ、大后に立ってもらったらどうです? 大后は息長の水の女でしょう」
水の女とは息長氏族が輩出してきた巫女の能力をもつ大后を指す。古くは息長足媛(おきながたらしひめ)(神功皇后)の伝説もある。
鞍作は笑って言った。 
「まあ、そこまで息長を増長させることもないでしょうけど」
おそらく息長氏族も同じ事を考えているであろう。山背も古人も蘇我系の皇子だ。岡本宮大王と宝皇女との間の長子、葛城皇子は十六歳になったばかりである。葛城皇子を大王につけるにはまだ年月が必要だ。息長は中継ぎの大王として、小墾田宮大王のように宝皇女を立てることを要求するかも知れない。
「大后に巫女の能力があるかどうかはわからんが」
息長にはそういった女性が絶えず出ている。宝皇女の異母妹の三上姫もそうだし、三上姫が鏡王に嫁いでからは娘姫が宝皇女のそばにいるという。巫女的なものは彼女が補うであろう。それらよりも宝皇女には、あの侵し難い気高さがあった。充分に大王の位を継ぐことができる。

鞍作は軽い気持ちで言葉にしたようだが、毛人は田村皇子を推したときからこうなる事を予想していた。



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