夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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姫王様(ひめぎみさま)! まったく、ひとりでどちらにいらしたのですか。ああ、もう、髪は濡れているし、草だらけではないですか」
(かがみ)の母ほどの歳の侍女が、館に戻った鏡を湯につからせ、着替えさせた。
「父上様のお見舞いに戻られたというのに、これではかえって心労をお掛けするだけではありませんか」
髪を梳く手を止めもせず侍女の小言は続く。
「もう少しご自分の立場をお考えなさいませ」
「わかっています」
「いいえ、鏡姫王様(かがみのひめぎみさま)はちっともわかっておいでません。姫王様は神にお仕えする身。神にお仕えするは、大王にお仕えすると同じ事。大王に代わって神の御言を聞くのが姫王様のお仕事でございます。万が一の間違いもあってはならぬ身ですのよ。それなのにふらふらとおひとりで出歩くなど」
「ふらふらしてたわけではないわ」
「いいえ、この布由(ふゆ)にはわかります。ふらふらなさっていたのです。でなければどうしてこう草葉が衣につきましょう。幼い頃から姫王様は心ここにあらずといった風に、ふらふらとなさっておいででした。お年頃になれば少しは落ちつくかと思いましたが、一向になおりません」
やれ、と鏡はため息をついた。

布由は鏡が生まれたときからの部屋付きの侍女であった。飛鳥の都へ神祀の巫女となるべく上がったときにも一緒についてきた。鏡に小言を言えるのはこの布由ぐらいであり、侍女というより乳母や母に近い存在であった。
鏡の母は既にこの世にはいない。鏡がまだ幼い頃、妹の額田を産んでまもなく身罷った。あまり覚えてはいないが、静かでやさしい人だったことは記憶にある。鏡を産む前は鏡と同じように都の祭祀の巫女を務めていたそうだ。巫女という一生を神に捧げる存在であるにも関わらず、なぜ子をもうける事になったかは定かではない。父は母を慈しんでいたようだが、そのことになると父も布由も口を閉ざしていた。
鏡にしても特段それを知りたいわけではなかった。自分に備わったこの特殊な能力が母譲りなのかどうか頭をかすめる程度のものでしかなかった。

鏡には小さい頃から物事を当てる能力があった。初めにそれが現れたのは妹が産まれる時だったそうだ。産まれる子供が男児であるか女児であるか。鏡は父に言った。産まれるのは絶対妹であると。父鏡王(かがみのおおきみ)は幼い鏡が妹欲しさにそう言ったのだと思って聞き流していたが、実際額田が産まれた時、ほらねと言って微笑んだ鏡に不思議なものを感じたという。雨や嵐、飢饉やある時は人の死まで言い当てた。鏡王は鏡を大伴氏のもとに一時預け、巫女としての素質を測った。大伴氏は大王直属の古い貴族であり、宮内を司る一族でもある。大伴氏は鏡を巫女として都に上がらせるよう推薦した。母親も神宿る巫女だった。その娘である鏡は母親を上回る霊力があると鏡王に言った。
鏡王は迷った。巫女として一生を神に捧げるのが果たして娘の幸せであるか。それともどこかの王族のひとりに嫁がせるのが幸せであるか。だが、大伴氏に預けたときから決まっていたのだ。でなければ鏡の素質を表に出す事もなく、屋敷の中で大事に育てたであろう。それにもうひとつ、その時の大王、岡本宮大王(おかもとのみやのおおきみ)(舒明天皇)の大后(おおきさき)宝皇女(たからのひめみこ)による要望も強かった。これには逆らい難いものがあった。

鏡を巫女として正式に養育するべく都に上がらせたのは、鏡が七歳になったときだった。鏡は巫女として上がる事を特に嘆くこともなく、ただ静かに受け入れていた。そういう風にまわりには見えた。良いのか悪いのか、望んでいるのか望まないのか、鏡の態度や表情はそのどちらでもいいように変わらなかった。鏡は自分を人と違うと感じた事もないし、また特殊な霊力をおごる事もなかった。自然な自分として受け入れていた。望まれているならそれに従おう。そんな態度であった。 
布由はそんな鏡の態度をふらふらとしていると言っているのかも知れない。あまり自分を出す事もない鏡を、どこかで歯がゆく感じているのかもしれなかった。

「姫王様、聞いておられるのですか?」
ぼおっとしている鏡にたたみかけるように布由が言った。
「はいはい」
「はいはいではございません」
鏡の髪はひとつの綻びもなく梳かされ、すそのほうでひとつに結わかれた。新羅風の高く結い上げた髪型が流行る昨今でも、巫女は流れる髪型が主流であった。たくさんの巫女たちの中には流行を追う者もいたが、髪は霊気の象徴であり女性の場合は波打つように流れる髪型がより霊気を受け易いものとされた。それは力のある巫女以外にはあまり意味がないことで、力のない巫女達が流行を追うのは無理もない話であった。
真っ直ぐに流れる髪もつ鏡の姿を見る度に布由はほおっとため息をつく。鏡は口数少なく大人しい性格であったが、人を魅了する神秘な美しさがあった。冷たい細月のように凛とした美しさであった。本来月に例えるのは忌み嫌われる。日毎形を変える月は、日神とは対称に不吉なものとして扱われていた。だが、妹君の額田姫王の幼いながらにも艶やかな美しさを讃えるなら、鏡の美しさはやはり冴え冴えとした月を連想させ、それは決して忌むべきものではなかった。
「さあ、お父上様と共に夕餉を召し上がりなさいませ。お待ちでございますよ」
「でもお客様がおいでになるわ」
布由は鏡の言葉に首を傾げる。来客の予定はないはずであった。
「…帰る途中、屋敷を捜す人を見かけただけ。そろそろ来る頃かと思ったの」
立ち上がって鏡は部屋を出ようとする。慌てて布由が止めた。
「なりません。お客人がこられるならこのお部屋を出られぬように。そうでなくともここには男手が少のうございます」
この屋敷に若い娘がいることがわかったら、良からぬことを思う御仁もいるにちがいない。仮にも王家に連なる王族なのである。これを機にと出世を企むものもいるだろう。
王族と言っても傍系。大和豪族に比べればはるかに禄は少ない。男手を必要以上に雇う余裕もなく、ひっそりと譲られた領地を守るのが精いっぱいの有り様である。
と、屋敷の表が騒がしくなった。突然の来客に慌てふためく様子がうかがえる。
「布由が見て参ります。鏡様はここからお出になられませぬように」
 布由が姿を消してから、鏡は自分の衣の裾をつまみ、そして髪を手にとった。布由は帰ってこない。この騒がしさ。あの大きな男、あれは…。
鏡は立ち上がって次の間の戸を開け、部屋を出て行った。



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世界観はまるで違うのに、ああこれは武久縞さんの文だ、と認識出来ました。
個人的にこっちの方が好きになれそう、かもしれません。似た名前に惑わされなければ。
ところで略図って必要なのでしょうか?

2007.04.23 01:26 URL | 一九 #- [ 編集 ]

一九さん、こんばんは。

歴史物って、名前がすでにあるので気が楽です。(名前つけるのが苦手なもんで)
そうは言っても、この頃の人間関係はややこしいので、登場人物紹介のつもりで略系図をつくりました。

この先、話は推古天皇まで遡るので、その予習もかねてます。
見なくても分かる人には必要ないですね。
ただ、私自身、
「あれ? この人は何代目だっけ?」
なんて分からなくなったりするので…。
もちろん見なくても楽しめるようにするつもりです。

2007.04.24 01:27 URL | 武久縞 #- [ 編集 ]













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