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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

「やめろよ、ラースロー、オリシス!」
 アリアは二人に呼びかける。腕にしても体力にしてもオリシスの方が数倍も上だ。ラースローの剣は、アリアの足下にも及ばない未熟さだ。ラースローがじりじりと下がっているのがアリアにもわかった。
 なぜこんなことになってしまうのか。ラースローとオリシスがなぜ自分の前で戦うのだ。アリアは、二人が草をかき分ける音、剣を払う音、激しい呼吸、これらを聞きながら自問した。
 これは運命なのか。

『運命の輪はね、過去も未来も同じ運命をたどるという意味よ』
 ラティアはそう言った。

『おまえは誰かと出会うべくこの世に生まれてきた。そういう宿命を背負っている』
 ラースローはそう言った。
 それを運命というなら、出会うべき相手はまちがいなくオリシスだった。オリシスにまた出会えたことが運命だった。
 しかしそれだけでないとしたら? 出会った事だけで終わりではないとしたら? 
『思い出せ。いつもどうだった? どんな終末を迎えた?』
 ガッとラースローの剣がはじき飛ばされる音がした。ラースローの神経が張りつめられるのを、アリアは感じた。ラースローはあの術をオリシスにかける気なのだ。
『おれが先に死んだんだ。死にはしないと約束したのに』 
 オリシスは確かにそう言った。
 オリシスが剣を振り上げて、ラースローめがけて走りだしたのが見えた様な気がした。
『ラースロー、やめろ!』

 オリシスが振り下ろした剣の先に、赤い髪を振り乱したアリアの姿があった。
「…アリア…」
 オリシスの手に、相手をしとめた重い手ごたえがあった。
 飛び散った赤い髪が風に舞い、アリアはそのままのけぞった。ふわりとドレスの裾が舞ったが、地に崩れ落ちた時には、もう微動だにになかった。
「アリア─────っ」
 ラースローがアリアを抱き起こした。呼んでも揺さぶっても、アリアは動かなかった。

「貴様が殺したんだぞ」
 アリアを抱きかかえたラースローが、低く押し殺した声を発した。
 かつてはここ、エタニアいちの美男子と謡われ、魔の手を持つ者として王宮さえも震撼させたこの男が、今や何という変わりようだろう。
 不精髭を生やし、衣の裾は破け、何日も着替えていないのか、衿や袖に垢がこびりついていた。あわい栗色の髪は艶を失くし、無造作に束ねられている。しかし目だけは驚愕と怒りと悲しみの混じった光を宿し、真っ直ぐにこちらに向けていた。
 これがラースローの慣れの果てか…。
 と、オリシスは思った。
 手に持つ剣は今もまだオリシスの両手に握られ、血を含んだ分よりもずっと重く感じられた。
 その血は本来ならラースローのものであるはずだったのに…。いや、あるいは初めから、剣を手にした時からこうなる事を願ったのだろうか。
「…貴様が…、アリアを」
 顔を歪め、微動だにしないアリアを抱く手に更に力を込め、ラースローが声にならぬ程低く言った。

 そう、自分が殺したのだ。親友の妹を。親友が仇としたこのラースローの恋人を。そして己が最も………。

 いつから、何が狂ってしまったのだ。

「わたしも殺すがいい」
 ラースローはアリアを抱きかかえ、オリシスを睨んだ。灰味がかったラースローの瞳が赤く見えた。
「殺せっ!」
 オリシスは大きく息を吸い込んで、そしてラースローを睨み返した。
「殺すものか、貴様など」
「なにぃ?」
「アリアと一緒に死ねる幸福など、貴様にくれてやるものかと言ったのだ」
 オリシスは自嘲気味に笑った。この男の姿は、本来あるべき自分の姿ではないのかと。どこかでこの男と自分の人生が入れ違ってしまったのではないか。あるいは、自分の記憶にある前世はこの男のもので、自分は何か勘違いしているのではないか、と。
 その証拠にアリアをこの手で殺したというのに、なんの感情もわいてこない。それともアリアを切ったときに、己の心も真二つに切ってしまったのか…。
「アリアのいない悲しみを、貴様は一生抱き続ければいい。死ぬまで苦しめばいいのだ」
 さらにオリシスは言った。この哀れな男にこれ以上ないつらい事実を突きつけて、オリシスは歩き出した。

 ラースローは哀れではあるが、自分よりははるかに幸せに思えた。短い間であったにせよ、アリアと出会い、愛し合えたのだ。それに引き替え自分はどうだ。あいつに会うためだけにこの世に生まれてきたというのに、この手でその生を終わらせてしまうとは、何という皮肉だ。
 来世で会おうとアリアは言った。だが、こんな自分をあいつは迎え入れてくれるだろうか。
 涙がオリシスのほほをつたった。

 一生苦しめばいい。

 あれは、ラースローが自分に言った言葉だったかもしれぬ。
 森の暗闇の中へ、オリシスは歩き進んで行った。まるで自分の存在を消し去るかのように。

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2007.03.23 00:01  | # [ 編集 ]













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