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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

 ふいにアリアが聞いた。
「兄上は、どうしている?」
「おまえとラースローを捜している」
 オリシスはとっさに嘘をついた。エドアルドからはあれから連絡はなかった。もうエタニアには居ないかもしれないとオリシスは思っていた。
「達者でいるならいい。オリシスは私たちのことを兄上に話すつもりか?」
「…ラースローはおまえたちの親の仇だ。メルキオ陛下も」
「しょうがないなあ。敵だ仇だって、継承争いに巻き込まれたんだから今更どうしようもないじゃないか」 
「おまえはそう割り切ったんだな。ラースローの事は」
「だってあいつ、悪い奴じゃないもん」
 オリシスは目を伏せた。アリアの笑った顔を見るのがつらかった。
 風は冷たいが、日が当たればまだ温かい。水面に光る午後の太陽が眩しかった。アリアの目には映っていないのだろうが、それでもあたかも見えるように、アリアは目を細めていた。髪が伸び、束ねることなく風に揺らされるままになっている。アリアは穏やかでやさしい顔をしていた。
 しばらく無言のまま、二人は座って水面を眺めていた。
「思い出すな、こうやっていると。兄上がいて、オリシスがいて、私がいたあの田舎の山や川を」「ああ…」
 たいくつで穏やかな、春は木の芽を摘み、夏には釣りを、秋には狩りをして過ごした日々。
「オリシス。あんまり覚えていなくて申し訳ないんだが」
 アリアはそばの草をちぎって匂いを嗅いだ。まだ残っていた青臭い緑の匂いがオリシスの鼻にも届いた。
「私はずっと昔も、オリシスと一緒にいたような気がする。いつもそばにオリシスがいた。私はそれで幸せだった」
 それが幼いころの事でない事は、オリシスが何より知っていた。
 海に沈んだ大陸に。
 神々が住む島に。
 乾いた赤い大地に。
 たなびく緑の草原に…。
 束の間だがいつもそばにあった存在。
「オリシスはよく覚えていたのだろう? 前世の事かもしれないことを。だからこうやって私を捜しにきて、そしてまた私の好きにさせようとしているのだろう?」
 自由にさせようとしているのだろうか。そうするしかない自分を認めようとオリシスは思おうとしていた。思い出してくれたではないか。こうして会えたではないか。
「もし、私がここでお主の言う事に従ったら、オリシス、お主は救われるのか?」
 この世に生まれて来た自分の存在の意味を、見つける事が出来るのかとアリアは問うているのか。
「それがおまえの意志であるなら」
 アリアは首を振った。
「悪いなオリシス。私はラースローの闇に捕まってしまった。あいつの心の闇は深く悲しい。ずっとそばについてやりたいと思う。お主が私のそばにいてくれたように」
「それが、愛と言えるのか」
「言える」
 言い切ったアリアの顔は、夕日に照らされて、美しく輝くばかりに微笑んでいた。
「オリシス。どうせお主とは来世で会うのだろう? それまで待っていてくれ」
 その語尾が聞こえるか聞こえない内に
「そいつから離れろアリア!」
 別の男の声がした。
「ラースロー!」
 ラースローは剣を抜き、オリシスと対峠した。オリシスの手は剣の柄にかかっているとはいえ、抜くか抜かぬか迷うところでもあった。ここで抜けばどちらかが倒れるまで殺らなくてはならない。しかし…。
 しかし、ラースローが切りかかれば抜かずにはいられない。
「やめろ、ラースロー。今そっちに行くから待て」
 アリアが危うい足どりでラースローの方へ向かう。空いている方の手でアリアを引き寄せて、ラースローは剣を構え直した。
「やめろってば。オリシスは剣を抜かない。兄上に報告するだけだ。すぐここを出よう。それくらいの情けはかけてくれるだろう? オリシス」
 オリシスは答えない。ナミルでのことはラースローよりも、むしろオレアルの方に怒りを感じていた。あれは自分が油断したのだ。
 それにしてもなんと随分な変わりようだ。自分のなりよりもアリアにこぎれいな恰好をさせるラースローの、アリアに対する慈しみが、オリシスの心に残る嫉妬を呼び起こしたせいかもしれない。
「アリア! 来世など来なかったらどうする。 あれはすべて幻想にすぎないのだとしたら」
 だが、たとえそうだとしても、アリアは自分の元には帰って来ない。あれはそういう女だ。
 気が付くとオリシスは剣を抜いていた。
 切りかかってきたのはラースローの方だった。一合、二合と剣を交える。
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