夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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 陰謀に荷担したオレアルを討ったことは、すぐに宮廷中、町中に広まった。オレアルから名のあがった人物は、ことごとく投獄され、ある者は地位と財産を没収されて追放された。
 前国王派だった者達のほとんどは、この事件に関係がない者も全てオレアルの口から名が出たと言うだけで、職務を追われ、宮廷から姿を消した。政権交替の粛正だった。
 ティスナはそんな粛正の最後のひとりとして街の広場に姿を現した。
 前国王を拐かした悪女の火刑を行うという触れが前日に出され、当日は街中の人間が集まったのではないかと言うほど、広場には十重二十重の人だかりができていた。
 火刑用の薪と藁の山が広場の中央にあり、真ん中に一本の柱が立っていた。正面には台座が据え付けられており、ティスナはそこに両手を後ろ手に縛られて、膝まづいていた。
 広場に面した建物のバルコニーに、国王メルキオの姿があった。隣には王妃アデリーナの姿もった。側には新しい臣達と、近衛隊長のカルロス・モドリッチが控えていた。オリシスは一番奥の柱の影から広場の様子を眺めていた。
 エドアルドとサリエルの姿はそこにはなかった。
 エドアルドは民衆に混ざっていた。この刑が済み次第、ラースローの追跡をはじめるつもりだった。
 それにしても、あのときティスナが言った言葉は何だったのだろう。
「来年の春、バルツァ家を訪ねるがいいでしょう。一段と美しい花が咲いているかもしれぬ」
バルツァ家のサリエルとティスナには何のつながりがあるのか。遠くに見えるティスナの横顔は、やつれてはいるが、あの時のように気品と威厳があった。
「ひどい女だよ。さんざん贅沢して、あげくに王子達をのろい殺しちまうんだから」
「やれやれ、これで生活が楽になるなあ」
 民衆の声がエドアルドの耳に入る。ひとりの女がこれから死ぬというのに、何かもっと思う事はないのか。国王のコーツウェルへの行列には、あんなに人が群がって手を振っていたではないか。
 エドアルドはなんとも言えない違和感を感じていた。その違和感の正体がなんであるかわからなかった。全てを繋ぐ歯車のひとつひとつがかみ合わない。そういった感覚であった。
 司教がティスナに最後の懺悔を聞く声が聞こえた。民衆はそれを合図にざわめきを飲み込んでいった。
 ティスナは顔を上げたが何も言葉を発しなかった。民衆はがっかりしたようにため息を漏らした。 執行人に引き立てられ、ゆっくりとティスナは台座から下りた。ティスナは白いすっきりとしたドレスを着ていた。タニアも風が冷たくなった今日この頃である。薄い布一枚では寒いだろう。足は裸足だ。黒い髪だけが唯一の色彩だった。かつての栄光は既に消えていた。がエドアルドにはこの時ほどティスナを美しいと感じた事はなかった。 
 中央の柱にティスナの細い体がくくりつけられた。薪がさらに積まれた。
 ティスナが民衆の中にただ一点に瞳を固定しているにエドアルドは気がついた。ティスナは瞬きもせずしばらくじっと、見つめるように一点を見ていた。エドアルドはまわりの者を押し退けて、前に出ようとした。
『何を見ている。誰を』
 ティスナは一瞬微笑んだかと思うと、ふいに声を出して歌を歌い出した。
 確かにそれは歌であった。優しくゆったりとした調べであった。だが、その歌の内容がどんな意味なのか、どこの国の言葉なのか、聴衆にはわからなかった。皆ただ唖然とその歌声を聞き入っていた。
 それは天から聞こえてくるような透きとおった歌声であった。ティスナの顔は幸福そうに輝いて見えた。まるで神の祝福を受けているような、そんな表情であった。
 どこまでも歌声は響き渡った。街の窓に、木々の鳥に、丘をわたる風に、山を取り巻く霧に、空を飛ぶ雲に。ティスナの歌は全てを包み込むように響き渡った。誰もがティスナの歌声に心を奪われた。
 メルキオが手を上げた。ティスナの歌に動きを止めていた執行人は、我に返ったように藁に火をつけた。炎が瞬く間に広がって、煙がたちこめた。が、ティスナの歌声は続いていた。
 エドアルドは煙で姿が見え難くなったティスナを、それでもじっと見つめていた。炎が高くなり、ティスナの姿は陽炎のように揺らめいて見えた。薪の燃える音が聞こえる。だが歌声は微かに伝わった。あるいはもう、かき消えていたのかも知れない。余韻が耳に残っているだけなのかも知れない。火は放たれた。もう、その姿も声も聴く事は出来ないのだと、エドアルドは思った。
「恋の歌だ」
 呟いたサリエルを、「は?」と部下は聞き返した。
「いや、何でもない。行こう」
 サリエルは馬首を返して、広場から去った。ティスナの歌った歌は、アルラの古い民謡で、恋人に捧げた恋の歌だった。祖母が父に聴かせた故郷の歌だった。
 サリエルは最後まで救う事の出来なかった異国の娘を思った。
「やっと解放されたのだ」
 故郷に帰ろう。サリエルの隊は南へと向かった。
 炎が完全に立ち昇ると、民衆はひとり、またひとりと自分の家に引き返して行った。完全に燃え尽きるまで時間がかかる刑だった。波が引いて行くように人々が動きだした。
 だがエドアルドはじっと炎を見つめていた。全てはこれで終わったのだろうか。父の仇討ちはこれで終わったのだろうか。まだラースローが残っているが、もう、エドアルドにはラースローさえどうでもいいと思っていた。アリアの事は気にかかるが。
 肩を叩かれて、エドアルドは振り返った。オリシスがいた。いつの間に下りて来ていたのだろう。
「すまなかった」
 オリシスが言った。
「何がだ」
「お主達を引き込んでしまった事だ」
 エドアルドは首を振った。
「仕方ない。それにもう終わろうとしている」
「おまえはやはり後悔しているのではないか」
「…なにを。父の仇は討った。謀反の容疑も晴らし、汚名を雪いだ。他になにを望む」
 エドアルドの言葉にオリシスは笑った。面白い兄妹だ。髪の色だけでなく言う事まで同じときている。そう、アリアも同じ事を言った。
「アリアは…」
「まだ死んではいない。あいつはおれの妹で親父の娘だ。カルマール家の家訓を忘れたか」
「自分の事は自分でする」
「そう」
 エドアルドはもう一度炎のティスナを見た。歌声がまだ耳に残っていた。

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