夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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 サリエルが静かに歩み寄り、天幕をめくった。他のものは戸口に立って、サリエルの行動を息をのんで見つめていた。
「陛下…」
サリエルが膝を折った。頭を垂れて、胸に帽子を抱いた。
「陛下!」
 ミストール夫人がもつれる足で近寄った。
 天幕の中の国王は胸に手を組み、静かに眠っていた。永遠の眠りだった。痩せ細り、髪もまばらで変わり果てた姿ではあったが、髭も髪も顔も全てきれいに整えられていた。衣服は寝衣ではなく、国王としての衣服であったし、白豹の毛皮の縁どりがある純白のマントが胸から下に掛けられていた。頭上に頂いていた王冠は、そばのテーブルに王剣とともに置かれてあった。
 ひとりで逝ったわけではなかった。誰かが死装束を整えたのだ。やはりそれもティスナ以外に考えられなかった。ティスナが看取り、整え、そして姿を消したのだ。
「ティスナ様がこの部屋を出られたのは」
 警護のものにサリエルが聞いた。
「われわれは、明け方前に交替したばかりで…、その間の出入りはありませんでした」
「ではその前の者をはやく連れて参れ」
「は」
 サリエルは部下に小声で命令すると、部下も去っていった。
「ミストール夫人」
 立ち尽くしていたミストールは青い顔でサリエルを振り返った。
「もう一度宮内を改めて貰いたい。誰が居て、誰が居なくなったのか調べて下さい。それが出来るのはあなただけです」
「サリエル殿。まさか…」
「この状況ではなんとも言えませぬ。が、ティスナ様は自ら命を断つようなお方ではない。キアヌ様もご一緒とあらば、おそらく」
 逃亡したのだという言葉をサリエルは飲み込んだ。今はまだいうべきではないが、ティスナに仕えていたこの女性ならば解るだろうと思った。
「何の権限があって、そのような命令をなさいます」
 気丈にもミストールはサリエルを睨みつけた。
「メルキオ殿下に北宮の警護をおおせつかりました。殿下には早馬を放ちました。殿下からの命が届くまでは、わたしの独断で事を運ぶ事が出来ます」
顔を背けたミストールにサリエルはこうつけ加えた。
「わたしとてティスナ様を死なせたくはない。だからなおのこと、行方を掴まなくてはならないのです。それも早い内に」
ミストールは返事もせずに立ち去った。
 サリエルは国王の部屋を出て、中庭に面する回廊から赤く紅葉しはじめた木々を見つめた。
 ティスナを死なせたくはない。その気持ちに偽りはなかった。と同時にティスナの声も蘇った。
「あなたは、あなたの役目を全うなさいませ」
 自分の役目。それはティスナを捕らえることだった。メルキオ側についたのも、国王に対する失意があったからだ。目の前で家族と恋人を惨殺された娘にどのような幸せがあったと言うのだろう。そして娘を惨殺を行った自分の妃に迎える国王に、敵意さえもった自分がいた。メルキオ側につくということは、ティスナをも敵にまわすことであったが、サリエルはできるならティスナの思いを遂げさせてやりたいと思っていた。だからオリシスを裏切る行為もした。
 サリエルは己の手に目をやった。浅黒い腕があった。戦場や日々の訓練での日焼けと思われているが、そればかりではなかった。腕の色はサリエルに祖母と父を思い出させる。
 祖母はティスナと同じ国の生まれだった。アルラと呼ばれた美しい小さな国は、バルツァ家の領地に接していた。貿易が盛んなこともあり、バルツァ家はエタニアの許可なく密貿易を行い、利益を上げていた。領地に入る物資の中には美しい女もいた。そのなかの歌い女が領主であった祖父の目に止まり、妾となって子をなした。それがサリエルの父であった。だが所詮は歌い女と庶子。正妻や親族からは冷たい扱いを受けていた。それでも祖母は何も言わずに耐え、よく幼かった父にアルラの民謡を歌ってやった。穏やかなやさしい笑顔が美しかった。歳をとっても、幼心のサリエルはそう思ったものだ。
 領主が死ぬと祖母と息子は屋敷から追い出された。貧しい暮らしを余儀なくされたが、祖母は父を育てあげた。父が成長したある日、バルツァ家から使いがきた。領主を継いだ父の異母兄が戦地で亡くなったと使者は言った。子もなく、異母姉妹はすでに他家に嫁いでいた。祖父の正妻は、分家に家を譲るよりはと父を屋敷に迎えたのだ。しかし祖母は依然屋敷には入れなかった。
父にはまだ祖母を助けるだけの力はなかった。実力を認めてもらうしか方法はなかったのだと、よく口にしていた。何も解らない無学であった父は必死に努力した。漆黒の髪と幾分黒い肌は、それだけで蔑視の対象になった。民間ならよくある混血だったが、ことさらバルツァ家は格式を重んじていた。義母にあたる正妻の持ちだした縁組みにも何も言わず承諾した。今少し、今少しの辛抱が、いずれ実る。祖父の正妻が死に、祖母を迎えに行った時、祖母は既に体を壊していた。孫である自分を見て嬉しそうに涙を流していた。祖母を屋敷に近い家に移したが、間もなく亡くなった。
 サリエルはその時の父の悔し涙を今でもよく覚えている。
「いいか、サリエル。忘れてはならぬ。わしにもおまえにも、あの美しいアルラの国の血が流れていることを。おまえもこのエタニアに一生身を捧げなければならぬが、心は誇り高い海の民、アルラの者であることを忘れてはならぬ」
父は権力に屈した己を後悔していたのかも知れない。そしてまた、国王の権力に屈し、アルラを攻め滅ぼしたサリエルも。
サリエルは開いた手を握りしめた。どうするか。どうすべきか。
 心の迷いをどうしたら打ち破れるだろう。
「サリエル殿」
 声の主は若い。振り返って、サリエルはエドアルドを見た。部下に早馬を走らせるのと同時にエドアルドをここへ呼ばせたのだ。
「既に聞き及んでいると思うが」
無言でエドアルドは頷いた。エドアルドの瞳は真っ直ぐサリエルに注がれていた。サリエルは大きく息を吸い込んだ。
「ティスナ様を捕らえる」
「は!」
颯爽とエドアルドは踵を返した。この若者こそが真実であることを、サリエルは願った。

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