夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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 南の海に面した小さな国には港に適した広い入り江があり、次第に大きな港町へと発達した。陸地から運ばれる様々な品物を船に積み込み、世界中をまわってもっと様々な品物が流れ込んできた。小さな国ではあったが、その港の貿易のおかげで国は豊かに潤っていた。
 暑い日差しと白い壁。道は茶色の石で舗装され、緑の木々が潮風になびく。ジャカランタの紫の花、繁るオリーブの林。住人は庭から道まで花を植え、街は年中鮮やかに彩られていた。陽気な音楽を奏でる楽人達。新鮮な魚を売る商いの声。オレンジの咲く小道や軒に吊るされた干し肉の香ばしい匂い。長い航海のあとに見るその港町は、まるで楽園のように美しく輝いて見えた。

その港にはいくつもの貿易商があり、そのひとつに割合裕福な商家があった。商家には父親と母親と娘と歳の離れた弟がいた。屋敷はそこそこ広く、使用人も船で働く船員も多く雇っていた。父親は外国からの品物を定め、母親は中庭に花を育て、娘や息子は窓から見える海の青さや船の帆の白さを毎日眺めていた。この美しい港が家族の誇りでもあった。
 娘は年頃になり、父親に雇われていたひとりの若者と恋仲になった。父親も母親も娘の恋に反対をするどころか、素直で働き者の若者を息子のようにかわいがっていた。来年ジャカランタが咲く頃、町中の楽人を呼び、小道から大通りから港まで人が溢れかえるような式を挙げようと両親は言ってくれた。
「海に白い帆をはって、世界の国を訪ねるの。私の目は確かよ。いいものを仕入れて世界に広めるわ」
「ぼくは君の帰りを待つしかないのか?」
「あなたは私をいつも見張ってくれなくちゃ。何をするかわからないわよ。無茶をする私を止められるのはあなただけよ」
 何もかもが娘にとって幸福な毎日だった。
 そんなある日、永遠に続くと思っていた幸せが一瞬にして崩れさった。

 北の隣国の軍が国境を破り、港町に押し寄せた。貿易だけで栄えていた国の王は、対抗できるだけの軍備をもたず、無条件に近い形で降伏した。港町の貿易商達は、武器を手に取り最後まで抵抗したが、とうてい太刀打ちできるものではなかった。家や店は兵士達に荒らされ、逃げ遅れた船はことごとく焼かれた。船を焼く炎で、青い海が真っ赤に燃えて見えた。
 娘の家にも隣国の兵士が乗り込んできた。娘がいることがわかったらどんな乱暴をされるかわからない。娘は男装し、髪を帽子の中にたくし込んだ。
 家の部屋の調度品や倉や金銀を運び出す兵士達を、家族は門に面した通りで肩を寄せあいながら呆然と見つめていた。財産を奪われ、船を焼かれ、この先の自分達の行く末を考えるゆとりもなかった。
「そこのもの」
頭上から声がした。 
 誰を呼んだかわからないが、父親も娘も背後を振り返った。馬上に立派な鎖帷子と鎧をつけ、大勢の騎馬兵を従えた人物がいた。隣国の旗を掲げた兵士が馬上の人物の両わきに位置していた。
 馬上の人物は娘が頭からかぶっていた帽子を、槍の先で取り払った。
「あ…」
 豊かな黒髪がこぼれ落ちた。娘の父親が娘の肩を抱き寄せた。馬上の人物は回りに何かを合図したのだろう。数人の兵士が父親から娘を引き離した。
「お父さま!」
 父親は娘に手を伸ばす。母親も抱いていた弟を離して娘に取りすがった。
「どうか、どうか娘だけは」
 家も財産も全て差し上げる。だから娘は返して欲しいと声を枯らして父親は懇願した。
「邪魔だ」
 そう言う声が聞こえた。娘の上着の裾が軽くなった。父親と母親の体が自分から離れていた。顔や腕に何かが飛び跳ねたのを感じた。
「陛下!」
 ひとりの騎士が馬上の人物の前にひざまずいていた。
「王たるものの行為ではございませんぞ」
「これは戦だ」
 そんなような意味を馬上の人物は言った。
 娘は夥しい血を流して倒れている両親を、その状況を理解しようとした。が、何をどう理解していいのかわからなかった。娘の耳に弟の泣き声が聞こえた。
「かまわぬ」
 泣き声が止まない間に、弟の体は槍に貫かれていた。泣き声だけが空中に残って消えた。
「あ…」
 娘は掴まれている腕をもがいて逃れようとした。弟のそばに、父と母のそばに。この手で触れなければ現実だとは思えなかった。
「つれていけ」
 後ろに引かれる。だが、そばに行かなければ。
「ああ…」
 石畳に倒れたままの父と母と弟。
「ティスィーっ!」
 呼ばれて娘は声の方向を探した。恋人がこちらに向かって走っていた。来てはいけない。
「だめよ、リュージャ! 来てはだめ!」
「やめろ!」
 騎士が叫ぶ。しかし、走り寄ってくる武器をもたない恋人は、娘の目の前で、あっけないほど簡単に切りつけられ、そして倒れた。
 娘は目の前が白くなっていくのを感じた。なにもかもが一瞬の出来事だった。

 その後の事はよく覚えていない。気が付いたときはかなりの月日がたっていた。娘はどこかの貴族の屋敷で言葉や教養を身につけさせられ、ある日、もっと大きな屋敷に連れていかれた。たくさんの着飾った男性や婦人がいた。その奥に椅子に座った初老の男がいた。
 初老の男が近づき娘の手を取った。ぞっと寒気がした。男の目は、あのときの、馬上の人物のものだった。取られた手を引っ込めたい衝動が走ったが、意に反して体が言う事をきかなかった。
 導かれるまま歩むと、まわりの男女が次々に頭を下げた。
「ティスナ。おまえは美しい。わしの見込んだ通りだ」
 初老の男が娘に囁いた。それが全ての終わりであり、全ての始まりだった。
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