夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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「鎌子殿!」
 呼び止められて、中臣鎌子は振り返った。
「ああ、間に合ってよかった。あなたはいつも用が終わるとさっさと帰ってしまう。そんなに急いで何をしているんです」
鞍作の屈託のない笑顔があった。この男はどうして人にこうも無防備な笑顔を向けるのだろう。鎌子は軽く会釈したが、問いには答えなかった。
「わたしに何か」
「そう、少し相談に乗って貰いたいことがある。よろしいか?」

飛鳥板蓋宮の正門近くにある大庭は、雅を好む宝皇女の趣向をこらした庭園となっていた。砂はわざわざ紀の国から取り寄せた白い砂を敷き詰め、樹園には唐や半島からもたらされた様々なめずらしい植物が植えられ、つぼみを膨らませている。飛鳥の華やかな文化は、二人の女帝時代に造られたと言ってよかった。
庭園には色とりどりの采女たちや、群臣たちが散策をしている。宮の庭園を惜しみなく人に開放するところに大王宝皇女の大らかな性格があらわれていた。
その庭の一角、池のほとりの梅の木の下まで鞍作と鎌子は話しながら歩いてきた。梅が小さな青い実をつけていた。

「林臣様。ではあなたは近々半島に大きな異変があると?」
「高句羅の泉蓋蘓文(せんがいそぶん)、百済の義慈王(ぎじおう)、新羅の金春秋(こんしゅんじゅう)。半島にこれだけの人物が揃った。唐の力も巨大だ。新羅は今はなんとか持ちこたえているが、百済と高句羅の連合の前にどれだけ耐えうることが出来るか。新羅に残るのはいつもの事ながら大陸(唐)との協定だ。だが、私には今回は半島の小国同士の争いでは済まない気がする」
「とは?」
「大陸は高句麗をどうしても落としたい。随が出来なかったことをやり遂げ、他民族の多い唐という国をまとめたいと思っているだろう。唐は高句麗の滅亡を新羅に条件に出すはずだ。高句麗が滅び半島の均衡が崩れることだけは、どうしても避けなければならない。そのことを新羅は判っていない」
「高句羅が、滅ぶ? そんなことになれば百済も」
「危ない」
鎌子は腕を組んだ。倭国に友好的な百済がそこまでの戦いを強いられるとなると、新羅と諍いを起こしてた倭国は百済に援軍を送らなければなるない。いや、問題はそれだけではない。大陸と倭国の間に微妙な緊張を保っていた三韓が存在していたからこそ、倭国の安全が保たれていたのだ。唐が半島を制したあと、次は倭国に目を向けるだろう。今度こそ時間の問題であった。いったいどれほどの群臣が、半島や大陸の動きをわかっているだろう。
「確かに遷都は重要です。ですが豪族たちの反対を押し切って遷都を行えば、倭国の力はまとまるどころか分裂を招いてしまう」
「そう、そこで何をどうすればいのか。鎌子殿ならどうする」
鎌子は鞍作の顔を見た。真剣なまなざしであった。
「なぜそのようなことを、私に」
「あなた以外に思いつかなかったからだ」
あくまでもまじめな鞍作に、鎌子は顔の火照りを感じた。何を自分は動揺しているのだろう。
「どうかしましたか」
鞍作が顔をのぞき込む。
「い、いえ。そうですね、まず…」
あわてて顔を反らし、眉を曇らせながら、鎌子は問いに答えようとした。自分ならどうする。群臣をどう説得する。いや、説得なら今までさんざんこの男がひとりでしてきた。正論を唱えてもだめなのだ。群臣を従わせる巨大な力。

鎌子が思案を巡らせているとき、ふと白い集団が二人の近くを通り過ぎた。
白い衣装をまとった女たちであった。若いのもいれば年老いたのもいた。門に向かって歩いていた。
鞍作はちらりとその方へ目をやった。注意を引かれたわけではなく、ただ自然に目が白いものを追ったに過ぎなかった。が、中のひとりに鞍作の視線は釘付けになった。 長く流れる黒い髪。抜けるような白い肌。そして、月を連想させる冴え冴えとした瞳。
「あ…」
淡海の湖面で会った、カガミと名乗る女人であった。
鏡は鞍作の視線に気がつき、しばらく見つめていたが、そのまま歩みを止めることなく通り過ぎていった。
「林臣どの?」
鎌子の呼びかけに、我に返る鞍作。そして思わず聞いていた。
「あれは」
鎌子は鞍作の視線が追う背後の白い集団を見ながら、あれは宮に仕える巫女たちだと答えた。
「そういえば、あなたは神事に詳しいと聞いた。あの結髪でない女人は、あの女人の名を知っているか」
鎌子はもう一度背後を見た。がすぐに視線を鞍作に向ける。
「大王が特にかわいがっておられるお方です。大王の異母妹の娘。大王にとっては姪御にあたられるお方」
「姪? 王族か」
呆然と鞍作はつぶやいた。それは手強い。
と、ふと思い当たった。
「もしや、淡海の鏡王のご息女か」
「…そうです」
うかつであった。初めにカガミという名を聞いたときに思うべきだった。鏡王は先の大王、田村皇子の異母兄でもある。
「なんてことだ」
鞍作は頭を抱えて大きく息を吐き出した。

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鏡姫王(かがみのひめぎみ)は、大王の住まう宮に上がっていた。鏡神社で清いはらった大王の鏡をまた宮に飾られた祭殿に据える儀式のためである。祝詞をあげて榊で四方を清め、御酒をささげ、一連の儀式が終わった。
「ご苦労でしたね」
大王宝皇女は鏡をねぎらい、甘湯でもてなした。
「叔父上、鏡王の具合はどう?」
「顔色もよく、時には庭を散策するまでになりましてございます」
鏡は深々と頭を下げた。長く透き通った黒髪がさらりと床にこぼれた。
「それはよかったこと。顔をお上げなさい、鏡。顔をよく見せて」
顔を上げた鏡は、大王の座のあたりに視線をとめた。
宝皇女の妹、三上姫の娘である鏡だが、面差しは母親より父親に似ていた。
「相変わらず抜けるような白さだこと。その白肌ならば化粧も必要あるまいが、そなたも年頃。紅でもさしたら宮中の殿方がほおっておかぬでしょうに」
「わたくしは神に仕える身でございます。生涯が神と共にあることを願います」
宝皇女はため息をついた。表情の乏しい人形のような鏡が本心を言っているのか、宝皇女にはわからなかった。
「そなたはまだ自分が何をしたいのかわからないだけ。もし願いがあったときは、遠慮なく申しなさい。よいように取り計いましょう」
「いいえ、そのようなことは」
「そなたの母も好きなひとのところへ嫁いだのですよ。早くから自分の人生を決めつけることもないでしょう」
神に仕える巫女は独身を貫かなければならない。その中でも代々皇女から選ばれる神事の全てを司る伊勢の斎宮は、死ぬまで伊勢から出ることを許されないほど厳しい。宮中の神事を行う鏡も同じような立場である。しかも鏡にはほかの巫女にはない霊力が備わっている。簡単に巫女を辞すことは許されない。宝皇女はそれを許すと言うのである。
しかし鏡には宝皇女の言葉が何を意味しているのかわからなかった。言葉自体はわかるが、どうしてそのようなことを言うのかがわからなかった。
『ここにいて神事に努めるのが自分の道だというのに』
「わたくしは神の声を聞いているときが一番心安らかなのです。大王のおそばにいつまでもお仕えさせていただきとうございます」
巫女として完璧な答であったが、意識したわけではい。鏡はただ思うままに答えただけであった。
宝皇女はまたため息をついた。

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