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夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。


毛人が危惧した通り、上宮王家の滅亡の影に鞍作の名が上がっていた。
鞍作に罪があろうはずがなかった。兵を送り追跡の指揮を取ったのが軽王であることは周知の事実である。しかし、画策したのは蘇我家であるとの噂がいつの間にか流れ出し、人々は聖王、厩戸皇子の遺児である上宮王家の悲劇に涙を流した。

その年の暮れ、鞍作の妻の阿倍の媛と生後二ヶ月の息子が死んだ。水死であった。二人は池の中に息絶えて浮いていた。誤って池に落ちた子を助けようと媛が飛び込んだのだろうが、水の冷たさに麻痺を起こしたものと思われた。しかし阿倍の媛が子を抱いて、寒い日に池のほとりを散策するととは思えなかった。
「阿倍が軽王へついたのだ」
毛人はそう思った。
年が明け、古人皇子が大兄となった。誰かを大兄にしなければならないのだとすれば、やはり先の帝の皇子である年長の古人しか大兄に相応しい地位の者はいなかった。人々の目には、用のなくなった山背を排除し、もともと計画していた通り蘇我系の古人を大兄に据えたように映った。
参議では対唐政策や緊張が続く半島の情勢についての意見が取り交わされていたが、斑鳩の事件のあと、鞍作の意見はことごとく否定された。
「先ほどから異を唱えてばかりおられるが、他に案があるのならお伺いいたしましょう」
心に沸き立ついらだちを隠しながら、鞍作は低い声で一同を見渡した。
「まだ情勢を見極めなければ」
「何を悠長なことを。見極めてからでは遅すぎる。大陸の動きは我らが思っているほどのんびりはしてはいない。攻めにしても守りにしても先手を打つことが大事なのですよ」
飛鳥の都は決して守りの土地ではなかった。四方を山に囲まれた盆地ではあるが、袋小路状であるが故に攻められれば逃げ場がない。長い間都を置いてきたこの地には多くの渡来人や帰化人がいる。当然彼らは大和盆地の地形を熟知しているだろうし、それは諜報によって半島や大陸にも伝わっているに違いなかった。どのようにしたところで、四方から押し寄せる大軍に対抗できる守りを築くことは困難であった。
また、攻めるにしても、この地からでは兵を送り込むのは容易なことではなかった。半島へはまず海に出なければならず、最も近い海がある難波でさえ、生駒山を越えなければならない。戦況を伝えるにも伝令を出すにも、内陸のこの土地は不利であった。
このような土地であっても、鞍作は地形を隅々まで調査し、まず都に通じる街道の閉鎖や備蓄の倉庫、城壁の造築、兵の配置などを提案した。しかし、城壁の造築にしても、兵の割振りにしても、それらを請け負う豪族たちは承諾せず反対ばかりを唱えるのであった。
初めから大和盆地に拠点を置くことに無理を感じていた鞍作は、さらにひとつの案を提示した。
「遷都の議、ご検討いただきたい」
大和の地を捨て、もっと有利な場に都を遷す。蘇我家にとっても大きな代償を払う提案であった。
「ばかな。ここは天神御子(神武天皇)が築き、代々神がおりたもうた聖なる地だ。ここを捨てて他へ遷るなどそんなばかげた話があるものか」
「われらにこのまほろばの地を捨てよと言うのか」
「そんなこと大王が許すはずがない」
案の定、反対の声が次々にあがった。
「倭国の存続を考えるなら、やらねばならぬことです」
「大和を捨てて倭国の存続があり得ようか」
「永久に捨てるというわけではない。この次期を乗り越えるだけでよいのです」
「仮にどこに都を置こうというのだ」
「西の難波、もしくは北の淡海」
百済への交路や軍船を備えるなら海に面した難波が有利であり、高句麗や新羅への交渉や都の守り、先々の交通路を考えるなら淡海がいい。
利にかなった選択ではあった。群臣たちは理解しながらも賛を上げるものはいなかった。
毎日のように同じ論議が繰り返された。
「鞍作、急ぎすぎるのではないか。ここを離れることをだれも今まで思わなかった。思いもつかないことだ。それをいきなり遷都とは」
「古人大兄、あなたはどう思う」
「わたしか? わたしは…」
口を濁した古人に、鞍作は軽い失望を覚えた。
戸の影で古人大兄皇子と鞍作の様子を見ていた中臣鎌子は、ふと視線をはずした。飛鳥の防御については鞍作とほぼ同じ考えを鎌子は持っていた。しかし古人の言うとおり、遷都のことは鎌子にも考えつかなないことだった。鎌子はきりっと奥歯をかみしめてその場から立ち去った。

次第に孤立感を高めていく鞍作が、蒲生野で鏡姫王に出会ったのはこの頃であった。
飛鳥板葺宮帝、宝皇女の治世三年目のことである。
蘇我大郎鞍作、二十八歳。鏡氏娘鏡姫王、十五歳。青い水辺での出来事であった。


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