夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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鏡王の(やしき)は鏡山の麓の淡海湖畔に面した位置に構えている。
湖畔から鏡山周辺は肥沃な田畑が広がり、わずかながらにも豊かな実りをもたらしている。この肥沃な田畑と、そして神鏡の鋳造が鏡王の領地の主な財政を賄っていた。また鏡王が父である押坂彦人大兄皇子(おしさかのひこひとのおおえのみこ)から譲り受けた日野川周辺の蒲生野は禁猟である紫草の生地でもあった。
淡海周辺は息長系氏族の領地である。古くから大王と婚姻関係を結んで勢力を伸長した息長氏族だが、王位を望むべく皇子が少なかった。押坂彦人大兄皇子は訳語田宮大王(おさだのみやのおおきみ)(敏達天皇)と息長広姫(ひろひめ)との間に生まれた皇子であるが、大兄を称していたにも関わらず、大王になることもないまま病死した。その頃、多くの大王を輩出した蘇我氏による独占的な政治が行われていたのである。
巻き返しを図る息長系の動きは、蘇我系の小墾田宮大王(おはるだのみやのおおきみ)(推古天皇)が老齢に達し、執政を行っていた厩戸皇子(聖徳太子)と大臣蘇我馬子が相次いで亡くなった頃から次第に現れてきた。押坂彦人大兄皇子の嫡子田村王(たむらのおおきみ)の大王への擁立に乗りだしたのである。田村王は茅淳王や鏡王に継ぐ押坂彦人大兄皇子の第三子だが、皇女を母に持つ王家の嫡流であった。茅淳王や鏡王とは違い、飛鳥の都で養育された純血種である。しかも蘇我系の血が混ざっていない。息長系にとってはどんな事をしてでも就かせたい大王候補だった。
田村皇子に対抗するのは厩戸皇子の第一子、山背大兄王であった。強硬な外交と平定した国内政策で群臣を心服させた厩戸皇子を父に持ち、強大な権勢を誇った蘇我馬子の娘を母に持つ山背大兄王は、大王家に匹敵する上宮王家を受け継ぎ、早くから大兄を名乗っていた。名声と財力と後ろだての蘇我家をもつ山背大兄王は次期大王の筆頭候補であったのだ。
小墾田宮大王崩御の後、大王位についたのは田村王であった。
蘇我馬子亡きあと蘇我宗家と大臣職を継いだ蘇我毛人が、叔父である境部摩理勢(さかいべのまりせ)を倒してまで田村王を推したのだ。
誰もが蘇我毛人の行動を不可解に思った。田村王よりも山背大兄王のほうが蘇我家にとって有利のはずだった。蘇我宗家を摩理勢に乗っ取られるのを阻止したためとか、田村王と蘇我毛人の妹との間に生まれた古人を大兄に立てるためだとか、様々な憶測が流れたが、毛人はその点に関しては硬く口を閉ざしたままであった。

田村王は即位して岡本宮大王(おかもとのみやのおおきみ)となり、尊称は皇子に変わった。大后は茅淳王の娘、宝姫王。尊称は皇女となる。息長系の大王家が生まれ、息長系氏族が蘇我家に並び、再び台頭を現し始めたのである。
岡本宮大王は十三年の治世を終えて崩御した。
そして宝皇女が即位し、二番目の女帝となって今日に至っている。
鏡王にとって、宝皇女は姪であり、また亡き妻三上姫の異母姉でもある。三上姫は鏡の里に隣接する安氏の娘と同母兄茅淳王の間に生まれた姫であった。
その息長系氏族は淡海をぐるりと取り囲むよう分布している。湖東北は本家息長氏、湖南西は和邇(わに)、湖南に(やす)氏と鏡王の所領が位置する。安氏は和邇の日子坐と息長水依姫との間に生まれた瑞穂真若王を祖とする氏族で、三上山を御神山と仰ぎ、息長水依姫の父、天之御影神を祭った御上神社をたてている。鏡姫王の母三上姫はこの御上神社の巫女を務めていた。
鏡王の所領はその安氏の東隣にある。鏡山の真北には、宮中の祭祀に使用される鏡の戯れを払い、使用された後にまた奉納する鏡神社がある。今は鏡姫王が奉納の儀を行っているが、かつては巫女時代の三上姫も行っていた。
淡海周辺は、安氏や鏡王のように同族どうしの婚姻を重ね息長系氏族が結束を固めた土地であった。

その淡海に都を遷す。

鏡王が言葉を無くしたのも無理はない。
これが飛鳥にも領地を持つ息長系春日氏や小野氏から出た話なら頷けもする。実現するかどうかはともかく、息長系氏族にとっては夢のような計画である。他の豪族が入り込む隙間がないほど、淡海周辺は結束しているのだ。大王家を完全に掌握できる。
だがこの話を持ってきたのは、息長系の人間ではなかった。



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男は夜露を払って衣服を正した。
鏡王(かがみのおおきみ)は傍系とは言え、先帝岡本宮大王(おかもとのみやのおおきみ)の異母兄にあたる。息長系であった押坂彦人大兄皇子(おしさかのひこひとのおおえのみこ)を父に、息長系の姫、大俣女王(おおまたのおおきみ)を母に持つ。鏡王の同母兄の茅淳王(ちぬのおおきみ)は現板蓋宮大王(あすかのいたぶきのみやのおおきみ)の実父である。
鏡王は息長氏の所領の近くの鏡の里を拝領した王族にすぎなかった。生来病弱な故、政事から離れ、飛鳥の都から遠い産まれ育ったこの里で後継問題にも名を上げず、ひっそりと過ごしている。
その鏡王に都からの来客があったのだ。屋敷の中では右往左往の騒ぎであった。

板の間に腰を下ろし、男は御簾の向こう側を覗き見た。が、御簾の中は板の間よりも薄暗く、様子を窺う事はできない。
侍女が静かに現れて音を立てずに湯を置き、また音を立てずに退いた。
手に取る椀から若草の香りがした。と、衣擦れの音がして、御簾の向こう側に人が入る気配がした。椀を置き、深々と礼をする。
「病で伏せていたので、御簾越しに失礼いたします」
女の声がそう言った。顔を上げると灯のともった御簾向こうの中央にひとり、そして戸口にまたひとり座っているのが見える。鏡王と侍女であろう。声はその侍女のものと思った。
前触(さきふ)れも無く突然のご無礼、ご容赦願います」 
男の礼に反応し、中央の影が侍女の耳元に囁き、侍女が声を発する。
「ようこそおいでくださいました。この様な鄙びた館では、大したおもてなしも出来ませんが、どうぞ今宵はごゆるりとお過ごし下さいませ」
「いたみいります」
御簾内の布由はよどみなく男の様子を探る。
「あなた様のようなご身分の方が、お供の舎人も連れずに」
「ははは」
男は笑って、自分は気ままにひとりで旅をするのが好きなのだと答えた。
布由は飛鳥板蓋宮大王の様子や都の様子などを男に聞き、男は世情を話す。そういった会話から男の来訪の目的を探る積もりであったが、ただの世間話しか出てこない。
布由は鏡王を見て困ったようにうなずいた。
布由は鏡姫王を除けばこの屋敷で唯一都に詳しい者であった。鏡王に請われるまま座に配し、鏡王に代わって受け答えをしている。鏡姫王の部屋を出てからそのままこの場にいるのだが、男の真意がつかめないままで、次第に布由は部屋に残した鏡姫王が気になってきていた。
その様子が伝わったのか、男はふいに鏡王に来訪の目的を告げた。
「この淡海の地に都を建てるとした時の、鏡王のご意見は如何」
男の突拍子もない発言に、鏡王も布由も言葉を忘れ、ただ息を飲んだ。




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姫王様(ひめぎみさま)! まったく、ひとりでどちらにいらしたのですか。ああ、もう、髪は濡れているし、草だらけではないですか」
(かがみ)の母ほどの歳の侍女が、館に戻った鏡を湯につからせ、着替えさせた。
「父上様のお見舞いに戻られたというのに、これではかえって心労をお掛けするだけではありませんか」
髪を梳く手を止めもせず侍女の小言は続く。
「もう少しご自分の立場をお考えなさいませ」
「わかっています」
「いいえ、鏡姫王様(かがみのひめぎみさま)はちっともわかっておいでません。姫王様は神にお仕えする身。神にお仕えするは、大王にお仕えすると同じ事。大王に代わって神の御言を聞くのが姫王様のお仕事でございます。万が一の間違いもあってはならぬ身ですのよ。それなのにふらふらとおひとりで出歩くなど」
「ふらふらしてたわけではないわ」
「いいえ、この布由(ふゆ)にはわかります。ふらふらなさっていたのです。でなければどうしてこう草葉が衣につきましょう。幼い頃から姫王様は心ここにあらずといった風に、ふらふらとなさっておいででした。お年頃になれば少しは落ちつくかと思いましたが、一向になおりません」
やれ、と鏡はため息をついた。

布由は鏡が生まれたときからの部屋付きの侍女であった。飛鳥の都へ神祀の巫女となるべく上がったときにも一緒についてきた。鏡に小言を言えるのはこの布由ぐらいであり、侍女というより乳母や母に近い存在であった。
鏡の母は既にこの世にはいない。鏡がまだ幼い頃、妹の額田を産んでまもなく身罷った。あまり覚えてはいないが、静かでやさしい人だったことは記憶にある。鏡を産む前は鏡と同じように都の祭祀の巫女を務めていたそうだ。巫女という一生を神に捧げる存在であるにも関わらず、なぜ子をもうける事になったかは定かではない。父は母を慈しんでいたようだが、そのことになると父も布由も口を閉ざしていた。
鏡にしても特段それを知りたいわけではなかった。自分に備わったこの特殊な能力が母譲りなのかどうか頭をかすめる程度のものでしかなかった。

鏡には小さい頃から物事を当てる能力があった。初めにそれが現れたのは妹が産まれる時だったそうだ。産まれる子供が男児であるか女児であるか。鏡は父に言った。産まれるのは絶対妹であると。父鏡王(かがみのおおきみ)は幼い鏡が妹欲しさにそう言ったのだと思って聞き流していたが、実際額田が産まれた時、ほらねと言って微笑んだ鏡に不思議なものを感じたという。雨や嵐、飢饉やある時は人の死まで言い当てた。鏡王は鏡を大伴氏のもとに一時預け、巫女としての素質を測った。大伴氏は大王直属の古い貴族であり、宮内を司る一族でもある。大伴氏は鏡を巫女として都に上がらせるよう推薦した。母親も神宿る巫女だった。その娘である鏡は母親を上回る霊力があると鏡王に言った。
鏡王は迷った。巫女として一生を神に捧げるのが果たして娘の幸せであるか。それともどこかの王族のひとりに嫁がせるのが幸せであるか。だが、大伴氏に預けたときから決まっていたのだ。でなければ鏡の素質を表に出す事もなく、屋敷の中で大事に育てたであろう。それにもうひとつ、その時の大王、岡本宮大王(おかもとのみやのおおきみ)(舒明天皇)の大后(おおきさき)宝皇女(たからのひめみこ)による要望も強かった。これには逆らい難いものがあった。

鏡を巫女として正式に養育するべく都に上がらせたのは、鏡が七歳になったときだった。鏡は巫女として上がる事を特に嘆くこともなく、ただ静かに受け入れていた。そういう風にまわりには見えた。良いのか悪いのか、望んでいるのか望まないのか、鏡の態度や表情はそのどちらでもいいように変わらなかった。鏡は自分を人と違うと感じた事もないし、また特殊な霊力をおごる事もなかった。自然な自分として受け入れていた。望まれているならそれに従おう。そんな態度であった。 
布由はそんな鏡の態度をふらふらとしていると言っているのかも知れない。あまり自分を出す事もない鏡を、どこかで歯がゆく感じているのかもしれなかった。

「姫王様、聞いておられるのですか?」
ぼおっとしている鏡にたたみかけるように布由が言った。
「はいはい」
「はいはいではございません」
鏡の髪はひとつの綻びもなく梳かされ、すそのほうでひとつに結わかれた。新羅風の高く結い上げた髪型が流行る昨今でも、巫女は流れる髪型が主流であった。たくさんの巫女たちの中には流行を追う者もいたが、髪は霊気の象徴であり女性の場合は波打つように流れる髪型がより霊気を受け易いものとされた。それは力のある巫女以外にはあまり意味がないことで、力のない巫女達が流行を追うのは無理もない話であった。
真っ直ぐに流れる髪もつ鏡の姿を見る度に布由はほおっとため息をつく。鏡は口数少なく大人しい性格であったが、人を魅了する神秘な美しさがあった。冷たい細月のように凛とした美しさであった。本来月に例えるのは忌み嫌われる。日毎形を変える月は、日神とは対称に不吉なものとして扱われていた。だが、妹君の額田姫王の幼いながらにも艶やかな美しさを讃えるなら、鏡の美しさはやはり冴え冴えとした月を連想させ、それは決して忌むべきものではなかった。
「さあ、お父上様と共に夕餉を召し上がりなさいませ。お待ちでございますよ」
「でもお客様がおいでになるわ」
布由は鏡の言葉に首を傾げる。来客の予定はないはずであった。
「…帰る途中、屋敷を捜す人を見かけただけ。そろそろ来る頃かと思ったの」
立ち上がって鏡は部屋を出ようとする。慌てて布由が止めた。
「なりません。お客人がこられるならこのお部屋を出られぬように。そうでなくともここには男手が少のうございます」
この屋敷に若い娘がいることがわかったら、良からぬことを思う御仁もいるにちがいない。仮にも王家に連なる王族なのである。これを機にと出世を企むものもいるだろう。
王族と言っても傍系。大和豪族に比べればはるかに禄は少ない。男手を必要以上に雇う余裕もなく、ひっそりと譲られた領地を守るのが精いっぱいの有り様である。
と、屋敷の表が騒がしくなった。突然の来客に慌てふためく様子がうかがえる。
「布由が見て参ります。鏡様はここからお出になられませぬように」
 布由が姿を消してから、鏡は自分の衣の裾をつまみ、そして髪を手にとった。布由は帰ってこない。この騒がしさ。あの大きな男、あれは…。
鏡は立ち上がって次の間の戸を開け、部屋を出て行った。



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膝下まで水につかり、腰を屈めて両手でそっと水をすくい上げる。
冷たく澄んだ水の面が(かがみ)の瞳を映した。
目を閉じて両手を高く上げる。指の間から滴り落ちる清涼な水が、鏡の白い腕を伝い、衣を濡らす。
柔らかい春の日差しが、瞼に降り注ぐ。芽をふいたばかりの木々の若葉が日差しをさらにやさしくする。鳥の声が響き、水の流れる音が心を研ぎ澄まさせる。
もうじき見えるはずだった。何をというのではなく、見えるべきものが自然に瞼に浮かぶ。それは水面にうつるように揺らめいてはいるが、鏡には充分すぎるほどはっきりとその意志を見ることが出来た。

この島を創り出した神々。

その神の意志を伝えるのが鏡の為すべき仕事であった。
だが鏡には、見えるものが果たして本当に神の意志であるかどうかはわからなかった。小さい頃からそうやってきただけに、神とこの見えるものを結びつける事ができないでもいた。そうするにはあまりにも神はかけ離れた存在であり、また捕らえどころの無い実態のないものでしかなかった。
鏡はただ見えるものを見るのが当たり前にしか思えなかったのである。
そして、今、何かを見る事ができるはずであった。

パシッと微かに人の足音が鏡の耳に入った。
振り向いた場所に、人がいた。木の間だから藍色の袖が見える。馬が水を求めてこちらに近づこうとしているのを、その者が手綱を引いて押さえていた。
鏡は首だけをその者に向けたまま、上げていた手を下ろした。
じっとその者の行動を静かに見つめる。その者は観念したように姿を現した。男であった。背が高く体格がいい。年は二十五を過ぎたころか。着ているものの質から、かなりの家の公達であるとわかる。烏帽子はつけていないが、飛鳥の宮に勤める貴族か豪族の子弟であろう。
「すまない。覗くつもりはなかった」
低いがはっきりした声であった。
「その…、馬に水を飲ませてやってもいいだろうか」
白い紗姿(うすぎぬすがた)の鏡を直視することが出来ない様子で、男は顔を赤らめながら足元を見たり、馬を見たり、水際の草花に目をやったりしていた。
「どうぞ、ご随に。ここの水は誰のものでもありません」
鏡は水面を歩くように岸にあがり、場所を明け渡した。
「かたじけない」
男はそう言って、馬を引きながら水辺に近寄った。ちらりと鏡の方へ目をやるが、すぐに外らす。
濡れた白い(うすぎぬ)は、鏡の体の線を浮き上がらせていた。
「水浴びするにしては、まだ水は冷たかろう」
馬に水を飲ませている間、男は手と顔を洗う。そしてはたと動作をやめ、また鏡を見た。
「もしや、世を儚んで…」
「そのように見えましたか」
鏡は木にかけてある上衣をとった。
「いや、」
と男は口ごもった。そうは見えなかったが、水の中にいるこの女人を見たとき、近寄り難い何かを感じたのは事実だった。真っ直ぐに足元に伸びた髪、白い紗、白く細い腕。女と言っても少女に近い。そんな女人がこんな所でひとり、何をしているのかなどという疑問が浮かぶよりも前に、その姿に見とれていただけだった。
「着替えます。見ていたければかまいませんが」
「いや、これはすまない」
男は慌ててまた鏡から目を外らした。
落ちついた馬を撫でてやりながら、男は後ろの鏡の気配を感じようとしていた。不思議な女人だと思った。見たければかまわないと言われたが、決して見てはいけないと言われたような気がする。そんな雰囲気をもつ女人だった。

沈黙のあと、男は水面を向いたまま声をかけた。
「そなたの家は遠いのか。よければ送っていくが」
返事はなかった。
「案ずるな。何の魂胆もない。実はおれも道に迷っていたところなんだ。そなた、知っているか。淡海(おうみ)の南、鏡王(かがみのおおきみ)の館を」
それでも返事はなかった。
男は意を決して振り向いた。
「おい」
女の姿はどこにもなかった。
「幻か?」
女の立っていた場所に手をつくと、草は踏まれ、濡れた跡があった。
「それとも天女か」
まだこの辺りにいるかもしれない。男は馬に跨り、馬首をかえして林を抜けた。小道を早足で行くと広い野に出た。西に鏡山が見える。あの山の湖側に鏡王の館があるはずだった。
「するとここが蒲生野か」
背の高い草が生えた野に、人影が見えた。
「おーい」
男は人影に声をかける。先ほどの女人に間違いないように思えた。人影はふつりと姿を消した。野に馬を入れると、草は馬の足をすっぽり隠すほどに生い茂っていた。
男は馬から下りて手綱を引きながら草むらを歩んだ。いたずらに馬を走らせては、人を踏みつぶしてしまいかねなかった。
「おーい、ちょっと待ってくれ。道に迷ったんだ」
しかし返事はやはりなく、男は立ち止まって途方にくれた。
「まいったな…」
途方にくれたのは、あの女人を捕まえ損なったせいかもしれないと、男は思った。


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keizu

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