夢のはざま

鏡女王の物語【水鏡】連載中です。

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武久縞です。

自作小説をほそぼそと更新しています。

ブログ紹介のかわりに目次をつくりました。はじめての方はこちらからどうぞ。


 【水 鏡】 大化改新から壬申の乱へ。鏡女王の物語
       ~おれが恋をしたのは、月のように冴え冴えとした瞳の
        神に仕える巫女だった~
   
   略系図
   序    #1 #2 #3 #4 #5
   其の一 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 #9 #10
   其の二 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8 #9
   其の三 #1 #2 #3 #4 #5 #6



【夢のはざま】 直木三十五の「南国太平記」の中世ヨーロッパ版
         ~王宮の陰謀を阻止するため立ち向かう
          アリアとエドアルド兄妹を巡る物語~  

  あらすじ  登場人物
  序章
  第1章 #1 #2
  第2章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第3章 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8
  第4章 #1 #2 #3 #4
  第5章 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7
  第6章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第7章 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8
  第8章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第9章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第10章 #1 #2 #3 #4 #5
  第11章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第12章 #1 #2 #3
  第13章 #1 #2 #3 #4 #5
  第14章 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7
  第15章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  第16章 #1 #2 #3 #4 #5
  第17章 #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7 #8
  第18章 #1 #2 #3 #4  #5 #6 #7
  第19章 #1 #2
  第20章 #1 #2 #3 #4 #5 #6
  終章



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鏡は布由に促されるままに宮を出た。
日差しがまぶしい日であった。初夏の緑が匂い立つようであった。
「お暑うございませんか。領巾(ひれ)を用意いたしましょうか」
布由が先を行く鏡に声をかける。
「必要ないわ」
確かに暑いが、どうしてか今は陽の光を浴びたい気がした。陽の光の中へ歩いていく。

前方から馬に乗った者がこちらに向かってくるのを、鏡も布由も見つけた。布由がそっと鏡の前に立つ。
「林臣様」
近づいてくる人物の名を、布由がつぶやいた。
「宮に上がっておられたのか」
鞍作は馬から下りて手綱を引きながら太く響く声で言った。
「今、鏡姫王の屋敷に桃を届けたところだ。甘くて美味い。桃は長寿の素と言うが、本当なら是非鏡姫王にめしあがってもらいたい」
朗らかな笑みであった。梅雨が明けてまだ間もないというのに、鞍作の顔はすでに日に焼けていた。
「困ります」
そう言ったのは布由だった。
「困るとは?」
「そのような貴重な果実を、大王への贈り物ならともかく、姫王は大王に仕える巫女でございますのに」
これ以上近づかれては、鏡姫王にその気がなくともあらぬ噂が立てられる。そう言いたいところだったが、布由ははっきりと言うことができなかった。
「大王には既に届けてある。案ずることはない」
鞍作は布由に笑顔で答えた後、鏡に向かって言った。
「鏡姫王は桃はお好きか?」
その問いに鏡は答えかねた。答がないのを勘違いしたのか、鞍作はさらに言った。
「何がお好きかな。他の果実では? 果実が嫌いなら花か。それとも玉がいいか。鮮やかな衣はどうか?」
何が好きかと言われても、鏡はただ困惑するだけだった。
花は、ただそこにあるものとしてでしか受け入れたことはなく、玉も形や光沢や色が優れたものが高価なのであり、それが美しいという意味だと思っていた。衣も同じで、食に限っては何であろうと腹を満たすだけで他の意味を考えたこともなかった。人々が言うから美しいのであり、美味いのであって、鏡は特段それらを好きとも嫌いとも判断したことはなかった。

なぜだろう。鞍作に聞かれると、今までの自分感覚が奇異なものに思えてくる。花は花だから美しいのではないか? それがどうして好き嫌いに結びつく?

「なぜそのようなことを」
鞍作への答の代わりに、鏡はそれだけ言った。すると鞍作は笑って
「決まっている。姫王の喜ぶ顔が見たいからだ」
と言った。
「ものを好き嫌いでみたことはございません。どうぞおかまい下さいませんよう」
鏡はそう言って鞍作の横を通り過ぎた。一瞬、鞍作の顔に落胆の表情が走るのが見えた。鏡の心の奥がキリっと音をたてたように感じた。
「鏡様」
布由が後を追いかけてくる。
「お礼も言わずに来てしまいましたわ。せっかくめったに口にすることがない桃を戴いたというのに」
布由の口調にはどこか鏡を非難する感が含まれていた。
「額田が待っているわ。早くしましょう」
鏡は布由をたしなめるように歩調を早めた。

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雨の季節が去り、空に青空が広がった。
豊作を願う行事があり、鏡姫王は祭壇に苗を捧げた。
「今年の天候はどうか」
大王宝皇女は人払いをさせたあと鏡と向き合い、そっと小声で聞いた。
鏡は心の中で困惑する。
「今のところこれといった卦は出ておりませぬが…、わたくしが未熟であるが故に神の声が聞こえぬのかもしれません」
「神の声…。そう。たしかにあの雨は神の救いだった。神の声が聞こえぬということは、今はその必要がないということかもしれない。そなたが未熟であるわけではないでしょう」
あの雨とは二年前の雨乞いの雨のことである。
二年前、宝皇女が即位した年、十三歳であった鏡は、深刻な表情の宝に告げた。「十日後に雨は降る」と。幼い頃からの鏡の能力を知っていた宝皇女は、これを利用しない手はないと考えた。その日に合わせて雨乞いを行い、果たして鏡の予言通りに雨は降った。そのような政事の表の事情は鏡にはわからない。鏡はただ、見えたものを背の君である宝皇女に告げたにすぎなかった。
鏡には物事の予見が本当に神によるものであるのかはわからない。しかし、自分に与えられたこの不思議な力を説明するには、やはり神の名を使うより方法がなかった。今年の天候はどうかと宝は聞いたが、それは豊作かという問いであることを承知していた。雨の降る日をあてることはできても、季節を通じて毎日の天候を今ここで予測することはできないし、仮に出来たとしてもそれが果たして豊作に繋がるかどうかなど農民ではない鏡には判断できないことであった。
「そういえば、額田部が都にも居を構えたと聞く。そなたの妹も参るのでしょう?」
宝皇女は話題を変えた。鏡に対して詫びるような変え方だった。
「はい。昨日知らせがありまして、本日、額田はわたくしの館にも来ることになっております」
「そう。そなたも妹に会うのは久しぶりのこと。今日はもう良い。はやく帰って迎えておやりなさい」
まるで自分が妹を迎えるかのように、大王宝皇女の顔はほころんだ。
「額田には赤ん坊のころに会ったきり。今はいくつに?」
「十になりました」
「そう。愛らしくなったことでしょう。一度この宮につれてまいるように」
宝皇女の笑顔につられて、自然に鏡の口元も笑んだ。成長するにつれて花のように美しくなっていく妹の額田は、鏡にとって大切な存在であった。

大王の座を辞して、控えていた侍女の布由と共に宮を出る時、鏡はふと公達の輪に目を向けた。
「鏡姫様?」
布由に呼ばれて自分が公達に目を向けていたことに気がつく。自分は何をしていたのだろう。知らずの間に探していたのかも知れない。
宮にあがるといつも蘇我林臣が自分に声を掛けてきていた。鞍作と何の話をするわけでもない。ただ今日は雨が降りそうだ。輿は領巾(ひれ)を用意した方がいいとか、蜜がとれたので後で届けさせるとかいった、短いものであった。そのたびに鏡は軽く会釈し、そしてそのようなお心遣いは無用だと答える。実際そうした扱いを鞍作から受ける理由もなかった。
しかし鞍作は笑って「自分がそうしたいだけだ。気にしないでもらいたい」と立ち去っていく。
鏡自身は気にはしていない。うれしいとも迷惑とも思ってはいなかった。だが鞍作の声は、そんな鏡の心を知った上で逆手にとっているようで、鏡には不思議な存在だった。その鞍作の姿が、今日はなかった。
「姫様。妹君が先に屋敷に着かれてしまいます。お急ぎになりませんと」
布由は鏡を促す。布由にとっては鞍作の姿がないことは幸いであった。悪い人柄ではないことは感じていた。鏡姫王を利用して鏡王を自派に取り込もうだとか、大王に近づこうだとか、そんな姑息な事を考えるような人物では無いと思う。しかし宮中というところは、常に陰謀が渦巻いている。誰が何を考えているかは、事が起こってからではないとわからない。布由は鏡姫王だけはそんな渦に巻き込ませたくはなかった。巫女である立場の鏡の名を汚す要因は、避けなければならなかった。

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中臣鎌子(なかとみのかまこ)は手にした蔵書の束の重さを感じていた。神祇伯(じんぎはく)の任命を再三固辞した鎌子には、以来大した仕事は回ってこない。今も飛鳥寺から借用した唐の文献を戻しにいくところである。
神祇伯(じんぎはく)とは、国の祭礼を司り、諸国の官社を総括する大役である。誰にでもなれるものではない。古くから宮の祭祀を担ってきた中臣家であり、また大王に仕える巫女たちを総括し、宮中の祭事を司る大伴家を叔父にもつ鎌子だからこそ任命されたのである。しかし鎌子は神祇伯を受ける気にはなれなかった。名誉な役職ではあるが、それは政事から離れることでもあった。倭国ではもはや神事と政事は離れた位置にあった。理由はそれだけではなかったが、鎌子は固辞の理由を他に告げることはなかった。

寺の管理者に礼を述べて文献を返還したあと、鎌子は伽藍を回りながら考えていた。
大陸の文化を取り入れるには、仏教を学ぶことが一番の早道だ。大陸には大陸で、古来より道教があるが、新しい思想は仏教にかなわないだろう。倭国に仏教を取り入れた蘇我稲目、馬子の先見の目には、鎌子は心服するしかない。しかもこの飛鳥寺の造り。さすがに最新の文献を貯蔵するだけある。一見開放的に見えても、塀の高さや門の配置など、他の侵入を防ぐよう設計されている。伽藍に通じる広い庭。ため池。見張り台にもなる塔。宮に比べたらずっと飛鳥寺の方が要塞として役にたつ。馬子という人物は何を考えてこれを造ったのだろう。

と、陽気な声が鎌子の耳に届いた。
寺の庭で、貴族の子弟たちが蹴鞠をしていた。これも大陸からもたらされた遊びである。飛鳥寺はその豊富な知識をもとに、貴族の子弟たちのため、学堂を開いていた。ここに通う子弟たちが、休みの時間に遊戯をしているのだ。
旻の学堂に通っていた頃を思い出す。鎌子にはこのように人の輪の中に入ることが苦手であった。反対にいつも人の中心にいた人物がいた。
蘇我大郎鞍作。
遠い存在であった蘇我家をの跡取り。だがなんの気まぐれか、話しかけてきたのは鞍作が先だった。

鎌子はその場所から遠ざかろうと足を速めたが、ふと、槻の樹の下で蹴鞠を見ている男に気がついた。まだ少年と言っていいほど線の細い、色の白い公達であった。
葛城皇子(かつらぎのみこ)…」
大王宝皇女と先帝田村皇子の長子、葛城皇子。また、古人皇子と大海人皇子の間にあることから中皇子(なかのみこ)と呼ばれる皇子である。
葛城皇子は、蹴鞠をしている子弟達に冷ややかな視線を向けていた。
その視線が、一瞬にして鎌子に移った。
獲物を見つけた獣のような皇子の瞳に射貫かれ、鎌子は一瞬身動きがとれなかった
気がつくと鎌子は吸い付けられるように、葛城皇子の方へと歩み寄っていた。二歩手前で頭を下げる。この皇子と言葉を交わすのは初めてであったが、鎌子は自ら言葉をかけていた。
「皇子様はなさらぬのですか」
瞳の端だけ蹴鞠の方へ動かす。
「くだらぬ」
冷ややかな声であった。 
「あれが一体何の役にたつというのだ。そういうおまえはやらぬのか」
十八歳の若さだというのに、葛城の物言いは大人びていた。
「わたしは運動と名の付くものは苦手でございますので」
「うたは詠むか」
「うたも苦手でございます」
「ではいったい何が得意だ」
「未だ得意といえるものは」
葛城皇子は鎌子の顔を改めて見た。宮中では目立たないこの鎌子の表情は何を考えているのかわからない。
「神祇伯を断ったそうだな」
「任が重すぎます」
「旻の学堂に通っていたとか。学問は好きか」
「好き嫌いの問題ではありません。学ばねばならぬ事が多すぎます」
「謙虚だな。それに博識と聞く。南淵(みなみぶち)請安(しょうあん)も学堂を開くそうだ。興味はあるか」
「必要とあらば」
鎌子がそう答えた時、伏せた目にも葛城皇子が笑ったのがわかった。
「今さっき学ばねばならぬと言ったであろう」
冷ややかな笑み。鎌子は全身が一瞬硬直するのを感じた。見た目の印象とは違い、なんと抗いがたい力を秘めているのだろう。
「吾が必要とする。おまえの知を吾のために使え」
気がつくと、鎌子は葛城皇子に深く頭を下げていた。



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鞍作が次に鏡に会う機会はすぐに訪れた。
宮中での鏡は決して目立つ存在ではなかった。ひっそりと控えめで、神事の行事以外はどこにいるのかもわからないぐらいである。なにしろ仏教を擁護する蘇我家と神事の巫女である鏡とでははあまり縁のない存在であった。神事や祭事に興味がない鞍作は宮中での儀式は退屈なものでしかなかったし、人目をひく美女は他に大勢いた。
そんな鞍作が宮の庭で鏡を見かけたときから、不思議と鏡の姿を目にするようになった。今まで毎日出仕しながら気がつかないほうがおかしかったくらい、視野のなかに入ってきた。
しかし、巫女というものは気軽にこちらから声をかけられるような類の女ではなかった。特別な用がない限り近づくことさえ困難であった。その特別な用を見つけだそうにも、容易に見つけられるものではなかった。本来そんなことを気にする鞍作ではなかったが、きっかけはほしい。
用もないのに、鞍作は鏡が住まう屋敷の廻りを歩いていたりした。

「どうしたものか…」

馬首をかえして島の庄に戻ろうとしたとき、鞍作は、涼やかな水の音を聞いた。馬をつなぎ、水音へ近づく。鏡の屋敷からほど近い場所に小さな池がある。水音はそこから聞こえていた。
草木をかき分けて池のほとりにつくと、水音は止んでいた。
「思い過ごしか。まさかな、こんな時刻に」
日は落ち、あたりには闇が立ちこめ始めていた。ひょっとしたらと思ったのだが、淡海の田舎とは違い、ここは夜盗も現れる都だ。いくらなんでも鏡がひとりでここにいるわけが…。
鞍作は目の前に現れた者が現実だとは思えなかった。まるで始めて会った時のように、白い(うすぎぬ)をまとった鏡がそこにいた。

「何をしている」
知らずのうちにごく自然に鞍作は声を掛けていた。
「水面を見に」
鏡は上衣を肩に掛けながら答えた。
「供の侍女はいるのか」
「ひとりでないと、心が静まりませんので」
「不用心ではないか」
「不用心なことはございません」
「現にこうして、おれが来ている」
「あなた様がわたくしに何をなさると?」
鏡の言葉に、鞍作はむっとした。何もしやしないと高をくくられたような気がした。実際何かをしようとしたわけではない。ただ鏡に会えればと思っただけだ。そんな心中を見透かされた気がしてて鞍作はむっとしたまま言った。
「なぜあの時おれを無視した」
鏡は鞍作をじっと見据えて静かに答えた。
「次に会うとき、名を呼ぶことができるとおっしゃったのに、林臣様はわたくしの名をお呼びにはなりませんでした」
これがもう少し年をいった妖艶な美女ならば恋の駆け引きと取れたし、もう少し幼い少女ならば、背伸びをした強がりと取れた。しかし鏡の口調は、そのどちらでもなかった。ただ思ったがままを口にした、なんのてらいもない言葉であった。そしてその言葉には、感情というものがなかった。
初めて会った時、鏡の態度に手強さを感じたが、あれは感情を含まないがための手強さだったのだと鞍作は思った。相手に何かしらの思いがあれば対応のしようもあるが…。

『これは…』 

どうしたものか。
鞍作は言葉を無くしていた。ただ鏡の顔をみつめるだけであった。鏡が立ち去ろうとしているのを見て、我に返った。
「鏡!」
鏡は立ち止まって振り返った。鏡の瞳が、鞍作に向いている。しかし本当にあの瞳に自分は映っているのだろうか。
「いや、鏡姫王」
と、王族の姫を呼び捨てたことに気がついた鞍作は、言い直した。
「また、会おう」
自分でも気がつかないうちにそう言っていた。鏡は返事をせずに、背を向けて去っていった。
鞍作は鏡が無事に館に入るのを見届けると、口の端を上げて苦笑いをした。自分はどうかしている。あの姫の前で、自分はただの人間になっていた。紫冠も蘇我の名もない、ただの自分という名の人間。
鞍作は苦笑いをしたまま、馬にまたがり、月の出始めたほのかに明るい道を駆けていった。

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